【金消費大国インド】 | 【公式】日産証券の金投資コラム

【金消費大国インド】

2023年10月10日

 

インドは中国に次いで世界第2位の金消費国です。しかしインドでは金は殆ど産出されません。にもかかわらず金の国内流通量、金の輸入量は長年世界一、世界の金の年間産出量の30%弱がインド向けの年もありました。インドと金の関係、そこには長い歴史があります。今回はインドと金の関係を紹介します。

 

紀元前4世紀後半、アレキサンダー大王のインド大遠征がギリシャ文化をインドにもたらし、アレキサンダー大王撤退後も、インドは「中国~アラビア・西洋」の交易の中継地として発展しました。インド商人は地中海のフェニキア商人と並び称される凄腕の商人でした。彼らが交易で儲けた金・銀はマハラジャを通じインドに貯められていきました。その次にインドに大きな影響を与えたのは英国です。

 

「東インド会社」を通じ、高品質で超廉価であるインドの綿布(インド更紗)を買い、アジア各国に売り捌き、アジアで儲けた利益でインドから香辛料を買い、綿布と共に本国へ輸出し売り捌く。代金決済はやはり金・銀。英国が取引を始めてから150年位経過した時点で、英国本国の金庫の金・銀が底を突き始めるほどに金、銀はインドに流入しました。

 

その一方英国本国の繊維産業が衰退していきました。焦った英国は、インド綿布の輸入を禁止し、綿花の生産を新大陸アメリカに求め、超廉価のアフリカ人を奴隷として送り込みました。インドの技術に対抗するための技術革新が産業革命となって実を結び、19世紀に入ると逆に廉価な英国綿布をインド市場に売り込み開始、インドの繊維産業に大打撃を与えました。

 

産業革命後、儲けの基盤を失ったマハラジャは破産状態になり英国はかなりの金・銀を回収し、略奪も多く1860年代にムガール王朝は崩壊、インドは完全に英国の植民地になってしまいました。

但し、例外もありました。香辛料の産地は南インド、この地域を支配していたマハラジャは、産業革命後も常に出超でした。貯め込んだ金・銀・宝石などの財宝を英国に略奪されるのを恐れてヒンズー寺院に隠しました。ヒンズー寺院という神聖な場所に英国は踏み込めません。踏み込めば地元のヒンズー教徒やインド人傭兵部隊が激怒し反乱になる恐れがあるからです。

 

マハラジャは秘密裏に財宝をヒンズー寺院に隠し、部屋を封印したそうです。その後、長い月日が経ち、すっかり忘れられてしまった(?)もののひとつが、21世紀の2011年に南インドのケララ州にあるスリ・バドマナバ・スワミ・テンプルというヒンズー寺院で発見されました。調査の結果、金・銀・宝石などの財宝が多量発見され、その価値総額は当時推定1兆ルピー(約2兆円)にも上ったそうです。

 

金・銀を貯め続けるインド人、現在インドが輸入する金は、毎年500~800トン。その3分の2は農村の需要と言われます。一部は装飾品に加工され輸出されますが、大半はインド国内に蓄蔵されます。

【何故、インド人はそんなに金を買うのでしょうか?】

何故、インド人はそんなに金を買うのでしょうか?

そこには特殊なインド社会があります。その特殊性とは、

 

① ヒンズー教では、‘光る物’は‘繁栄’をもたらすものとされています。宗教行事で金箔が使われることも多く、特に金・銀・宝石類は珍重されます。

 

② 宝飾品を身に着ける伝統的衣装文化。金の指輪やブレスレットなどを身に着けている男性も多いです。女性は、鼻、耳、首、指、手首、足首…、様々な場所に金のアクセサリーを付け、金刺繍のサリーは女性のあこがれでもあります。

 

③ 英国の植民地時代に根付いた金本位制は、極々少数ですが未だに金を主要な交換手段としている部族も存在します。通貨インド・ルピーへの不安や、紙幣で家に保管するリスクもあり、資産を一番安全な金に換え、宝飾品として身に付けているか、現物金として秘密の場所に蓄蔵しておく伝統的習慣があります。

 

④ 女性は土地・資産を所有する事が出来ません。インドには「ダウリ」と言う慣習があり、結婚に際し花婿側が花嫁側に「持参品」を要求するというものです。持参品が不満足の場合、花婿側は「花嫁いじめ」をするケースが多く、時に殺人事件にまで発展するケースも。花嫁側は娘の幸せを願い、花婿側の要望を満たす為に、蓄蔵していた金を現金化し持参品を準備します。ほとんどの母親はヘソクリを金で貯め、結婚時に密かに娘に渡す。何かの時の為に、娘に金を託す。「金は必需品」なのです。

 

⑤ 人口14億人のインド、2億3,000万世帯、年間2,000万件の結婚式が催されます。親戚が金の宝飾品を花嫁にプレゼントすることも多いそうです。1結婚式あたり10グラムの金が使われたとしても、200トンの金が動き、50グラムなら1,000トンになります。

 

⑥ 銀行口座を持たない人が多い。銀行が未発展であり、自宅に現金を置いておくのは極めて危険です。銀行に口座を開きたくても、身分証明が難しく文盲者も多いそうです。

しかしながら、ここ10 年、政府は「銀行口座を持たない人々の銀行化」に重点を置き、多大な成功を収めてきました。金の調査機関のワールド・ゴールド・カウンシル(WGC)などは、今後インドにおける銀行サービスの利用増加と金融商品への意識の高まり次第では、将来の同国の金地金や金貨の需要に重しとなる可能性を指摘しています。

 

⑦ NRI(インド非在住インド人)の金購入が増加している。海外にいるインド人は裕福な人が多い。資産の一部を金に替えインドに持ち帰る人も多い。また米ドルに不安があるとして米ドルを金に替えるインド人も多い。WGCは、現在、インド人が個人的に保有している金は約25,000トンと推定しています。

 

⑧ インド農民に金を買えるほどの可処分所得が出来るのは豊作の年、豊作かどうかはモンスーン次第。モンスーンの雨量頼み=自然任せの地域が大半です。農村経済も金の需要も「モンスーン次第」です。6月~9月がインドのモンスーンの雨季になります。結婚式シーズンは10月以降からになります。以前は「インドのモンスーンが良好だと金の価格が上がる」と言われていました。ただ、最近は、中国需要やその他の需要(中銀需要など)の影響でモンスーンと金価格の関連性は大分薄まっています。2000年以降から続く金相場上昇で、資産が増えたと喜んでいるインド人は多い一方、高過ぎて買えないと嘆くインド人も多いそうです。そのため、金を買えないインド人が銀購入に走り、同国の銀輸入量が増加傾向との指摘も聞かれます。

【インドが世界経済をけん引する時代へ】

さて、ここまでインドと金の関わりを説明してきましたが、インドは金だけでなく今後の世界経済のけん引役としての可能性を期待されている国でもあります。2023年に人口が中国を抜き世界一位になると見られており、その内訳も生産年齢人口(15~64歳)が大きく、人口ピラミッドを見ると今後も総人口の増加よりも労働人口の増加が大きい、いわゆる「人口ボーナス」が期待される国です。その点では、一人っ子政策の影響から労働人口、総人口とも2020年代前半でピークを付けると予想されている中国とは対称的です。

 

インドの一人当たりの国民総所得(GNI)は2,200ドル台と中国の約6分の1、現在他の新興国の中でも低水準にあります。しかしながら、インドは2023年のG20の議長国として、またグローバルサウスの代表的な役割を担い世界中から注目されています。同国の一つの国や地域に頼るといった同盟的な結びつきは行わず、自国の利益になる分野においてそれぞれ協力関係を結ぶという伝統的な外交手法は、昨今の大国間の対立(米中貿易摩擦やウクライナ侵攻後のロシアと西側諸国の対立など)の状況下では、双方が「インドを味方に付けたい」として接近しており、こうした環境は同国の経済発展にも好影響を与えそうです。

 

一般的にGNIが4,000ドルを下回る国では、国民は食べていくことがやっとで、それ以外の物の消費にお金を回す余裕がないとされますが、この水準を超えるとインフラなどの公共投資、家電や自動車などの個人消費ともに爆発的に伸びる期間に入ります。この期間はその国の資源消費量が爆発的に拡大します。逆にGNIが20,000ドルを超える先進国では、ほとんどのインフラ設備は整い、生活必需品はどの家庭にも揃っているので、物の消費が爆発的に増えるということはなくなります。

 

2000年代初頭から2011年にかけてのコモディティ・スーパーサイクルは世界最大の人口大国の中国の所得が急増した期間と重なります。当時は中国のWTO加盟や、中国が世界の工場として開発が進められる一方で、レスター・ブラウン著の「誰が中国を養うのか?」で食糧危機の可能性などが大論争を呼びました。

 

次のコモディティ・スーパーサイクルがあれば、その主役はインドになるでしょう。その時の所得の伸びが伝統的な金消費行動にどのような影響を与えるか、インドはこれまで以上に金の需要サイドでの存在感が大きくなりそうです。今後もインドに注目していきたいところです。

 
インドの金輸入量とニューデリーの月間降水確率

 
インド人口ピラミッド

 
中国人口ピラミッド

 
1人あたり国民総所得【GNI】

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