各国金準備の本国移送の動き広がる
世界各国は、金準備を外貨準備の一つとして保有しています。外貨準備とは、通貨危機などで自国通貨が売り込まれた時や、対外債務の支払いに窮したときに、自国通貨を買い支えたり、海外への支払いに使用されます。そして必ずしも明確な基準が設定されているわけではありませんが、各国が持つ外貨準備の総額はその国の1年以内に償還が来る対外債務(対外短期債務)の100%もしくは、その国の貿易取引における輸入額の3か月分以上あることが望ましいとされています。
そこで外国通貨(法定通貨)については主に国際通貨基金(IMF)の特別引き出し権(SDR)の通貨バスケットに採用されている5通貨(米ドル、ユーロ、日本円、スターリング・ポンド(英ポンド)、人民元)中心に自国の外国為替口座、もしくは相手国の中央銀行の口座に保管されています。一方、金は発行体がありません。しかし、実物なのでどこかに現物を保管する必要があります。全量自国の金庫に保管する国もありますが、保管や売買した際の移送の手間や安全面を考慮して、その多くは公的機関の金現物の管理業務を行う数行のカストディアン行に保管されています。カストディアン行には英国中銀(BOE)や米FRB(NY連銀)、フランス中銀、スイス中銀などがあります。
世界的な資産管理会社インベスコが世界の中央銀行と政府系ウェルスファンド(SWF)を対象にした年次調査によると、ロシアのウクライナ侵攻に対応して西側諸国がロシアに対して行った経済制裁により、ロシアは外貨準備6400億ドルのうちおよそ半分を凍結されました。この措置を受け、海外のカストディアン行に預けてある金現物を本国に送還(レパトリエーション)することを実施、もしくは計画している中央銀行・SWFが増えているそうです。
ある中央銀行は匿名を条件にその考えを説明しました。「私たちはそれ(金)をロンドンに保管していましたが、今は安全な資産として保持し、安全に保管するためにそれを母国に移送しました。」そして、調査を担当したインベスコの公的機関責任者によると、この意見は広く共有されていたといいます。「『それが私の金なら、私は私の国に置いて欲しい』というのが、ここ1年ほど私たちが目にしてきた合言葉だ」と同担当者は指摘します。
過去20年間、金の本国送還が時々話題に上がることはありました。10年前、ドイツがニューヨークとパリから金準備を本国に送還する計画を開始したとき、世界中の注目が集まりました。冷戦中はソ連からの侵攻の可能性を警戒して当時の西ドイツ内に保管するよりも米英仏のカストディアンに保管した方が安全という考え方がありましたが、冷戦終了から20年が経過し、自国の金準備保有の半分を本国に戻そうという気運がドイツ国民の中で高まったためでした。また、それまでに度々浮上していた「米英のカストディアンは本当に我々の金を保管しているのか?」という疑念に応えるという意味合いもあったようです。2017年にドイツはプロジェクトを完了し、パリとニューヨークから743トンの金を返還しました。また2000年、ドイツはイングランド銀行から940トンの金を本国に送還しました。
ポーランドは2019年、金は国の強さを象徴するとして、イングランド銀行から100トンの金を返還しています。
このように過去にも散発的に金の本国送還の例はあります。ただし、現在はそれが一つの流れになりつつあることは注目に値します。
英中銀(BOE)のデータよると、同行の金庫に保管されている金(イギリス自身の金準備+各国公的機関から預かっているもの)の合計はロシアがウクライナに侵攻した2022年の2月から今年6月までの間に650トン(11%)以上流出していることが明らかになっています。
しかも本国送還の理由は大きく変化しています。地政学的懸念と新興国市場での機会も相まって、一部の中央銀行がドルから分散することを促していると言われています。
かつてドイツは冷戦構造が崩れ、米国一極の世界秩序が広がる中で、もう自国に戻しても安心だとして金準備の本国送還を実施しましたが、現在は、米中対立やロシア―ウクライナ戦争(西側諸国のロシアへの制裁)への反応として、自国の資産(金準備や外貨)は米国などの特定の先進国に預けるよりも自国で保管した方が安全安心という考え方は、米国一極集中体制が崩れ、次世代の覇権国の出現または多極化体制に向けた過渡期の反応のように見えます。
ちなみに日本は、846トンの金準備を保有していますが、そのうち2021年に増えた80トン強は記念金貨鋳造用の在庫として造幣局に保管されていた在庫からの移管分なので国内に保管されていることが明らかになっています。しかし、そのほかの金準備がどこに保管されているかは情報公開されていません。しかし、日本では、他国のように中央銀行が本国送還を検討するといった動きは全く聞こえてきません。また日本国民自身もこの金準備の保管場所について、メディアで取り上げられることはほとんどなく、ほとんど関心がないように見えます。
ドイツの金準備の本国送還のニュース記事を掲載したある新聞には、ドイツと対称的に金準備の存在確認の議論さえも起きない日本に対し、「ドイツ人が心配性なのか、日本人が能天気なのか」と問いていましたが、そろそろ資産に対する意識、金に対する意識を変える必要があるのではないでしょうか?