7月米雇用統計受けた金市場の波乱

7月米雇用統計受けた金市場の波乱

(金融・貴金属アナリスト) 亀井 幸一郎
2021年8月8日

 

米消費者マインドの急低下

注目の7月米雇用統計の発表を転機にニューヨーク金先物(以下、NY金)は、ファンドの売り攻勢を浴びることになった。8月6日から日本が連休となった週明け8月9日のNY金は、大荒れ相場となった。7月の米雇用者増加数が予想を大きく上振れ、6月分も上方修正されたことで、足元の市場の関心事となっている米連邦準備理事会(FRB)の危機対応の緩和策の解除観測が高まり、米長期金利とドルが買われ反射的に金は売られることになった。
果たして7月の雇用統計はNY金にとって反落相場に向けたゲームチェンジャーになったのか、それとも一過性の材料に過ぎないのか。

力強さ増した雇用者数の増加

6日の朝方、労働省が発表した7月の雇用統計は、非農業部門雇用者数(NFP)が前月比94万3000人増加した。市場予想の85万人増に対し大きく上振れとなった。雇用者数の増減が景気動向を的確に映すとされることから、米国景気に対する強気見通しが高まることになった。6月分も当初の85万人増から93万8000人増に上方修正されたことも、強気見通しを後押しすることになった。ただし、7月分の雇用増の市場予想のレンジが35万~160万人と幅広かったが、新型コロナ禍からの回復ということで、イレギュラーなデータが表れやすい環境であることを表している。実際に予想値(前月比68万人増)の半分(33万人)と結果が大きく下振れした、4日発表の7月ADP全米民間雇用報告の例もある。
6月は悪化して注目された失業率は、5.9%から5.4%に大きく低下。予想値の5.7%を下回った。失業率に関しては「雇用されているが休職中」の人の扱いがデータ上のかく乱要因とされ、こうした要因を除いた場合の失業率は5.7%とされる。労働能力がある年齢層の人口に占める働く意志を表明している人の割合を表す、労働参加率は61.7%となった。6月は61.6%だった。

「フラッシュ・クラッシュ」が表す「売られ過ぎ」

この結果を受けて長期金利が前日の1.21%から1.303%に上昇。主要通貨に対しドルが全面高となった。対ユーロのみならず円、スイスフランに対してもドルは買われた。ドル指数(DXY)は93ポイントに接近。金市場ではファンドのアルゴリズムが起動しNY金の通常取引は前日比45.80ドル安の1763.10ドルで終了(清算値)となった。この段階で、6月の米連邦公開市場委員会(FOMC)のメンバー予測で利上げ前倒し観測が浮上し、その後6月1カ月で7%もの下げ相場に発展した6月29日以来の安値水準にほぼ面合わせということになった。
 売りの流れはこれで一巡とは行かなかった。週明け8月9日のアジア時間早朝の取引の非常に薄い時間帯を狙ったとみられるファンドの売り攻勢に、NY金はいわゆる「フラッシュ・クラッシュ(Flash Crash)」を交える形で、一時前週末比90ドルほど安い1672.80ドルまで売り込まれることになった。1700ドルを割れたところでストップロスの投げを呼び込んだものと思われるが、モメンタム系のファンド(CTA)の仕業だろう。ただし、背景となる売り材料が「想定以上の雇用増」であるなら、いかにもこの動きはtoo much(行き過ぎ)であることは否めず、売られ過ぎは明らかといえる。ちなみに瞬間タッチの安値1672.80ドルは、取引時間中(ザラバ)の安値としては、今年の3月8日の水準を下回り、昨年6月5日以来(11671.70ドル)のものとなる。
 結局、売りが一巡すると、すぐに買戻しの動きが見られ1700ドル台を回復。その後は値動きも落ち着き一時は1750ドルを越えたものの、通常取引は前日比36.60ドル安の1726.50ドルで終了となった。結果的にこの日は、日足としては下ヒゲの長い陰線ということになったが、一気に下値を取りに行った挙句の、いわゆる「行って来い」現象の逆バージョンの印象が強い。

金市場に根強い「2013年のトラウマ」

何ゆえファンドが反応するのか。それは2013年のトラウマともいえるものだ。前回のテーパリンの決定に至る過程で、NY金は20%以上下げた経緯がある。この時は、先物市場での売りも大きかったが、金ETF(上場投信)に記録的な規模の売りが出て金市場から投資マネーが一斉に引くということがあった。こうした過去の事例をモデルに組んでいるなら、当然、雇用増に力強さが出てFRBの背中を押す環境は、売りということだろう。
 ところが当時と決定的に違う環境が足元に横たわっている。それはFRBの資産規模の違いだ。FRB資産の伸びは、市場への資金供給の増加を意味するが、昨年春(2020年3月11日)の4兆3119億ドルから、足元では8兆2350億ドル(2021年8月4日)まで膨れ上がっている。NY連銀の予測では2021年春には9兆ドルに達するとされる。従来感覚では測りきれないスピードで膨らんだ市場規模の中での、正常化への工程で不測の波乱へのFRBの警戒感も強いとされる。正常化への単なる始まりに過ぎないテーパリングに対し、理事が寄ってたかって発言する様は、警戒感の表れでもあろう。それも思うと、金市場が恐れる2013年の再来はないと思われる。つまり7月雇用統計は途中経過は別にして、ゲームチェンジャーにあらずと思う。

マーケット・ストラテジィ・インスティチュート代表取締役
金融・貴金属アナリスト亀井 幸一郎(かめい こういちろう)氏
亀井 幸一郎(かめい こういちろう)氏

1979年中央大学法学部卒業。山一證券入社
87年投資顧問会社MMIにて証券および金市場分析レポートを担当、92年国際的な金の広報調査機関ワールドゴールドカウンシル入社。企画調査部長として経済調査、金市場のマーケット分析に従事。1998年独立し分析、評論活動に入る。「史観と俯瞰」をモットーに金融市場から商品市場、国際情勢まで幅広くウオッチしている。日本経済新聞、日経ヴェリタス、日経CNBCテレビ、ラジオNIKKEI等でのコメント、市場分析のほか、時事通信社「アナリストの目」「Gold Daily Report」、日本金地金流通協会ウェブサイト、市況解説など定期寄稿中。