金は高くなったのか、通貨が安くなったのか | 【公式】日産証券の金投資コラム

金は高くなったのか、通貨が安くなったのか

2026年9月7日

 

― 最高値更新後の金価格を測る5つの物差し ―

 
 
金価格は2026年1月、1トロイオンス=5,000ドルに達し、史上最高値を更新した。その後は高値から反落したものの、2026年8月現在も4,300ドル前後と、歴史的な高水準にある。最高値から約14%下落した現在の金を見て、「調整を経て割高感は薄れた」と考える投資家がいる一方、「それでも高すぎるのではないか」と感じる人も少なくないだろう。
 
しかし、金価格はドルや円で表示された数字にすぎない。物価が上がり、通貨の量が増え、賃金や株価も変化するなかで、名目価格だけを見ても金の本当の価値は分からない。5,000ドルという最高値は、金そのものの価値が上昇した結果なのか、それとも金を測る通貨の価値が低下した結果なのだろうか。
 
この問いを考えるには、一つの価格だけでなく、異なる物差しで金の現在地を確かめる必要がある。ここでは、物価、通貨供給量、実質金利、株価、賃金という五つの尺度から、最高値更新後の金価格を検証する。

1.物価――実質価格でも金は最高値なのか

物価上昇が続けば、同じ金額で買える商品やサービスは減っていく。過去の金価格を現在の物価水準に換算したものが「実質金価格」である。
 
インフレ調整後の金価格は、1980年につけた高値を、その後45年間にわたって更新できなかった。1970年代の高インフレ、第2次石油危機、ソ連のアフガニスタン侵攻などを背景に金価格は急騰したが、その水準は極めて高かった。その後、名目価格では何度も最高値を更新したものの、物価上昇分を差し引くと、2011年の欧州債務危機時も、2020年のコロナ禍でも1980年の実質高値には届かなかった。
 
この長い壁を突破したのが2025年である。金は実質価格でも45年ぶりに最高値を更新し、その後は上昇が加速した。現在の金高は、インフレによって数字の上だけで押し上げられたものではなく、物価上昇を上回るペースで金価格が上昇した結果である。
 
一方、1980年の高値を回復するまで45年を要した事実は、金がいつでも物価上昇を上回る資産ではないことも示している。金は短期的なインフレに必ず連動する資産というより、通貨価値の低下や金融秩序の変化に対し、長い時間軸で価値を保全する資産と考えるべきだろう。

 
ドル建て金現物価格

2.通貨供給量――増えたお金に対して金は高いのか

通貨供給量との比較には、1971年を起点とするのが適している。同年8月、ニクソン大統領はドルと金の交換停止を発表した。いわゆるニクソン・ショックである。それまで金との交換を前提としていたドルは、金という「足かせ」から外れ、政策や銀行の信用創造を通じて供給量を拡大できる管理通貨となった。
 
米国の代表的な通貨供給量であるM2は、現金や当座預金のほか、普通預金、小口定期預金、個人向けマネー・マーケット・ファンドなどを含む。1971年以降、M2と金価格はともに大幅に上昇したが、その動きは同じではない。M2が比較的安定して増加してきたのに対し、金価格は1970年代、2000年代、2020年代に集中的に上昇している。
 
特に大きな転換点となったのが2020年のコロナ禍である。大規模な財政支援と金融緩和により、米国M2は2020年初めの約15兆ドルから、2022年には約22兆ドルへ急増した。わずか2年ほどで約7兆ドル、率にして約5割の増加である。その後はいったん減少したものの、再び拡大に転じ、2026年6月には約23.2兆ドルと過去最高に達した。
 
これに対し、鉱山から新たに供給される金は、地上在庫全体の年間1~2%程度にとどまる。金の量が緩やかにしか増えない一方で、ドルの量が大きく増えれば、同じ1トロイオンスの金を表示するのに必要なドルが増えるのは不自然ではない。
 
ただし、M2の増加が直ちに金価格上昇につながるわけではない。資金が預金として滞留する場合もあり、金価格は実質金利、ドル相場、ETFの資金動向、中央銀行買いなどにも左右される。実際、2020年以降は金価格の上昇率がM2の伸びを上回っている。現在の金高は通貨供給量の増加だけでは説明できないが、長期的な金価格上昇の背景に、金を測るドルの膨張があることは確かだろう。

 
米国マネーストックM2と金価格の推移
米マネーサプライに対する金価格の割合

3.実質金利――利息を生まない金の相対的な魅力

金には、預金の利息や債券の利子、株式の配当のような定期収益がない。そのため、金を保有する魅力は、ほかの安全資産から得られる実質的な利回りによって変化する。その基準となるのが、名目金利から予想インフレ率を差し引いた実質金利である。
 
実質金利が上昇すると、利回りを得られる米国債の魅力が増し、金を保有する機会費用が大きくなる。反対に、実質金利が低下したりマイナスになったりすると、債券の利息では購買力を守りにくくなり、金が選好されやすい。このため、金価格と実質金利は一般に逆方向へ動くと考えられてきた。
 
しかし、2022年以降、この関係に変化が生じた。米国の実質金利が大幅なプラスへ転じ、本来であれば金に強い逆風となる環境だったにもかかわらず、金価格は最高値を相次いで更新した。2026年8月時点でも米国10年実質金利は2%を超えている。
 
この逆行を支えた大きな要因が、中央銀行による金購入である。世界の中央銀行は2022年から2024年まで3年連続で年間1,000トンを超える金を購入した。2025年は863トンに減少したものの、2010~2021年の年間平均473トンを大幅に上回る。
 
中央銀行の目的は、短期的な値上がり益ではない。外貨準備の分散、地政学リスクへの備え、特定の国や通貨に依存しない準備資産の確保である。金には発行体がなく、相手国の信用状態や政治判断に左右されにくい。そのため、米国債から高い実質利回りを得られる環境でも、金を保有する戦略的な意味は失われない。
 
実質金利に敏感なETFや先物市場から資金が流出しても、中央銀行による継続的な購入が現物市場から金を吸収し、価格を下支えした。金市場の主要な買い手と購入目的が変わったことで、「実質金利が上がれば金は下がる」という従来の関係が効きにくくなったのである。
 
実質金利という物差しだけで見れば、現在の金は過去より割高に映る。しかし、そこには通貨、財政、地政学リスクに対する「保険料」が上乗せされていると考えることもできる。

 
米実質金利と金価格

4.株価――企業価値と金のどちらが高くなったのか

金価格を株式との比較で測る代表的な指標が「ダウ・金レシオ」である。ダウ工業株30種平均を金1トロイオンスの価格で割り、ダウ平均が金何オンス分に相当するかを示す。レシオの上昇は株式が金より強いことを、低下は金が株式より強いことを意味する。
 
高インフレと金価格急騰が重なった1980年には、ダウ平均と金価格がほぼ同じ水準となった。その後、インフレの沈静化と米国経済の成長を背景に株価が優位となり、ITバブル期の1999~2000年には、ダウ平均が金価格の40倍を超えた。
 
ITバブル崩壊後は流れが逆転し、世界金融危機や金融緩和を背景に金価格が上昇。2011年にはレシオが一桁近くまで低下した。その後は米国株の上昇によって持ち直したが、2020年代に入ると金価格が株価を上回って上昇する局面が増え、再び低下方向にある。
 
現在の金はドル建てでは史上最高値にあるが、ダウ平均との比較では、1980年のように株式に対して極端に高く評価された水準にはない。最高値という事実だけで、金が株式に対して割高とはいえないのである。
 
なお、ダウ・金レシオには株式の配当が含まれないため、長期的な投資収益を厳密に比較するものではない。市場が企業の成長と価値の保全のどちらを重視しているかを見る物差しと捉えるべきだろう。

 
ダウ/ゴールドレシオと実質金利

5.賃金–金1オンスを買うために何時間働くのか

株価――企業価値と金のどちらが高くなったのか
金価格を生活者の感覚で測るには、「金1トロイオンスを買うために何時間働く必要があるか」という比較が分かりやすい。金価格を平均時給で割った金・賃金レシオは、金に対する労働の購買力を示す。必要な労働時間が増えるほど、賃金に対して金が高くなったことを意味する。
 
米国では、1980年の金価格急騰時に必要労働時間が100時間を超えた。その後、金価格の下落と賃金上昇によって、1990年代から2000年代初めには20~30時間台まで低下した。しかし、世界金融危機後の金融緩和や2020年代の金価格上昇によって再び増加し、足元では1980年前後の水準を上回っている。米国の賃金も上昇しているが、近年は金価格の上昇に追いついていない。

 
金1トロイオンス購入するために必要な労働時間 金価格/平均時間給

日本では、この傾向がさらに顕著である。賃金上昇が長期間緩やかだったことに加え、円安によって円建て金価格が押し上げられたためだ。日本の金・賃金レシオには、金価格の上昇、賃金の伸び悩み、円安という三つの要因が重なっている。
 
同じ1トロイオンスの金でも、日本の勤労者が購入に必要とする労働時間は米国より多い。下のチャートは金1グラム買うのに必要な労働時間。2025年はおよそ22.3時間。1トロイオンス(31.3015グラム)に直すと693.6時間になる。
 
国際市場の金価格が共通でも、賃金水準と為替レートが異なるため、生活者が感じる金の「高さ」は国によって大きく異なる。
 
この物差しが示すのは、単に金が高くなったという事実ではない。働いて得られる通貨で買える金の量が減ったという、労働の購買力の変化である。

 
金1グラム買うのに必要な労働時間

まとめ――五つの物差しが示す現在地

金は名目価格だけでなく、インフレ調整後の実質価格でも最高値を更新している。したがって、現在の金高が物価上昇だけによるものでないことは明らかである。
 
一方、1971年以降、金を測るドルの量も大幅に増加した。実質金利がプラスでも、中央銀行による構造的な買いが金価格を支え、株価との比較でも1980年のような極端な割高水準にはない。賃金との比較では、特に日本で、円安と賃金の伸び悩みによって金が遠い存在になっている。
 
五つの物差しが示す答えは、「金が高くなった」と「通貨が安くなった」の両方である。現在の金を一律に割高と判断することはできない。何を物差しにするかによって、その現在地は異なって見えるからだ。
 
金価格は、金だけの価値を表しているのではない。それは通貨への信認、金利、企業価値、そして人間の労働価値を映す鏡でもある。金の最高値更新は、金そのものの変化だけでなく、私たちが価値を測るために使ってきた「物差し」の側が変化していることを示している。

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