アメリカでは州レベルで金や銀を、決済通貨としての使用や州の資産として保管する動き広がる
フロリダ州デサンティス知事、
フロリダ州で金と銀を使った取引を許可する法案に署名
米国フロリダ州のロン・デサンティス知事は5月27日、フロリダ州の住民が金(ゴールド)や銀(シルバー)を使った取引を行うことを許可する法案に署名しました。
デサンティス知事は、この法案(HB999)を「画期的な立法」と呼びました。同氏は、この法案はフロリダ州民に「さらなる独立性」を与え、「法定通貨に縛られることはない」と付け加えました。
さらに、金や銀には消費税は適用されず、新法により、PayPal などの金融サービス企業が金や銀で支払いを送信したり受け取ったりすることが認められることになります。
デサンティス知事は、これらの貴金属は「富裕層向けの単なる投資手段」ではなく、「再び実質的な通貨」として機能するようになると述べました。さらに、この法律によりフロリダ州民は「ドル安」から身を守ることができるようになるとも述べています。
現在、ルイジアナ州、テキサス州、サウスカロライナ州、ユタ州など、全州のうち4分の1未満が金と銀を法定通貨として認めています。この法律は2026年7月1日に発効予定です。
フロリダ州の法案HB 999の主な内容
1.金貨および銀貨の法定通貨としての認定
2.金貨・銀貨の受け入れ義務の制限
3.政府機関の特例:政府機関の金貨や銀貨使用に特定の規定に従う必要なし
4.金貨・銀貨の保管業者に対する規制
5.無許可での保管業務の禁止
6.保管業者の受託義務
この法案は、2025年4月30日にフロリダ州議会で可決され、同日に成立しました。
ほかにも金銀を法定通貨として認めている州
フロリダ州のほかにも米国には金(ゴールド)や銀(シルバー)を法定通貨(legal tender)として使用できるようにする法制度を整備している州がいくつかあります。以下に主な州を紹介します(2025年5月時点)
金・銀を法定通貨として正式に認めている州
1.
ユタ州
●2011年に「金と銀を法定通貨とする法案(Legal Tender Act)」を可決
●アメリカで最初に、金貨や銀貨(アメリカ合衆国造幣局製)を正式な支払手段として認めた州
●金・銀を使って納税も可能(ただし特定の条件下)
2.
アリゾナ州
●2017年に金と銀を州内での法定通貨として承認
●金銀の所有や使用による「キャピタルゲイン課税」を免除
3.
ワイオミング州
●2018年から金・銀を通貨とみなし、キャピタルゲイン非課税
●2023年にさらに保管サービスを提供する「デジタル資産保管制度」も整備
●金銀だけでなく、ビットコインなどのデジタル資産にも積極的
4.
テキサス州
●2015年:テキサス金保管庫(Texas Bullion Depository)を設立
●住民が金や銀を安全に預け、決済手段としても利用可能にする取り組み
●州独自の「ゴールドバンク」をもつ唯一の州
検討中または部分的に承認している州
ミズーリ州、オクラホマ州、インディアナ州、サウスカロライナ州、モンタナ州などは、金銀通貨の合法化や税制優遇措置に関する法案を提出・審議中または一部可決しています。
補足:実際に「使える」のか?
●「法定通貨」として認められていても、実際の支払いに金貨や銀貨を使う人は非常に少数なのが現状。
●多くの場合は、保管・資産の保全・税制優遇を目的とした制度です。
●フィアット通貨(米ドル)と交換できるインフラや保管所が整備されている州ほど、現実的な利用が可能になっています。
金・銀法定通貨化の背景・理由
1.
インフレへの懸念(ドルの価値の下落)
●米国では新型コロナ後の大規模金融緩和や財政赤字の拡大により、インフレ率が急上昇(特に2021〜2023年に顕著)。
●多くの人が「ドルの購買力が将来も信頼できるか」に疑問を持ち、価値保存手段としての金・銀に注目。
2.
FRB(連邦準備制度)や連邦政府に対する不信感
●中央銀行の金利政策や通貨発行に対して、「国家が通貨の価値を操作している」と批判する層(特に保守派、リバタリアン派)が存在。
●金や銀は政府のコントロールを受けにくい「実物資産」であり、「通貨の自由化」「政府の干渉を減らす」象徴と見なされる。
3.
財政赤字や債務の拡大
●アメリカの国家債務が40兆ドルを超える(2025年時点)ことに対する不安。
●通貨の信頼が損なわれる未来に備え、「安全な代替資産」を備える必要があるという声が強まる。
4.
州の主権や財政自立の主張
●特にテキサスやワイオミングのような保守州は、「ワシントンからの経済的自立」を目指して独自の金保管制度や通貨制度を整備。
●「州が自前の金銀通貨制度を持つべき」とする動き。
5.
キャピタルゲイン課税の回避
●金・銀を「通貨」として認めることで、価格変動による利益(キャピタルゲイン)に対する課税を避ける狙い。
例:金貨で買い物をした際、その価格上昇分に課税されないようにする。
6.
CBDC(中央銀行デジタル通貨)への警戒
●「CBDCは政府による監視や資産凍結を可能にする」として、プライバシーを重視する保守派から反発。
●金銀などの非デジタル・非追跡型通貨が「自由な経済活動の守り手」として支持されている。
結論
金と銀を法定通貨として認める動きは、単に「昔ながらの通貨への郷愁」ではなく、
□ インフレ対策
□ 政府・中央銀行からの独立性
□ 資産保護と自由の確保
といった、経済と政治の両面からの動機によって進んでいます。
【州単位で金準備を保有する動き】
アメリカ連邦政府としては約8,133トン(2025年時点)の金準備を保有しており、これは世界最大です。しかし、一部の州も連邦とは別に「州独自の金準備」や金保管インフラを持つようになってきています。
以下、代表的な例を紹介します。
アメリカ連邦政府の金準備(参考)
総量:約8,133トン(公式)
保管場所:
フォートノックス(Kentucky):主な貯蔵施設
ニューヨーク連邦準備銀行(NY Fed):国際準備金用
デンバーやサンフランシスコなどにも一部あり
州単位で金準備・保管を行う事例
1.
テキサス州:テキサス金保管庫(Texas Bullion Depository)
設立:2015年に州法で設置決定、2018年に開業
目的:州政府や州立大学の資産を金で保有。一般市民や企業も金・銀を預けられる
運営:テキサス州が直接管理
保管量:2025年時点で、約2億ドル相当の貴金属を保管してる 。
保管対象:金、銀、プラチナ、パラジウム、ロジウムなど
特徴:米国内で初の州立金保管施設
「金を政府の外(連邦の外)で守る」思想が強い
将来的に、金を使った決済システム(デジタル化)も検討されている
2.
ユタ州
法定通貨として金・銀を認定しており、州内での使用を推進
民間の金保管サービス業者(例:UPMA)が州と連携して金銀通貨口座を提供
保管施設:州が直接保有する金や銀の量は公開されていない。制度として金準備を奨励している点が特徴
3.
ワイオミング州
「デジタル資産フレンドリー法制」で注目を集める
金・銀・ビットコインを含む「現物・代替資産」の保有促進政策を実施
民間と連携した準備金・保管体制を州法で認めている
法制度:2025年2月、州法により、州が少なくとも1,000万ドル相当の金と銀を保有することが義務付けられた
州の金準備の意義
連邦準備制度からの独立性確保
財政的安全網(非常時の資産)
物価不安・インフレ対策
将来的な「金本位型通貨」や「金バックのデジタル通貨」の準備
現状の規模と制限
とはいえ、州単位の金準備はまだ規模が小さく、象徴的な側面も強いです。
しかし、これらの州の取り組みは「中央集権的な通貨制度への反発」や、「実物資産への回帰」という潮流の一部として注目されています。
このように、アメリカでは一部の州が独自に金や銀を保有し、財政の安定性や通貨の健全性を確保しようとする動きが見られます。特にテキサス州やワイオミング州は、具体的な保有量や法制度を公開しており、他の州のモデルとなっています。
アメリカでは、テキサス州やワイオミング州以外にも、金や銀の保有・法定通貨化・保管施設の設立に関する取り組みを進めている州が増えています。以下に、主な州の状況をまとめました。
他州の金・銀準備・法制度の動向
◇ ミズーリ州
法案内容:州財務官が州資金の1%以上を金・銀で保有することを義務付ける法案が提出されています。
目的:インフレやドルの価値下落に備え、州の財政を安定させることを目指しています。
◇ テネシー州
法制度:2023年に州財務官が金・銀を購入・保有できる法律が成立しました。
保管施設:州内に金保管庫を設立する法案(SB0150)が提出されており、州内での貴金属保管体制の構築が進められています。
◇ カンザス州
法案内容:2025年2月、州財務官が金・銀を保有し、州立の金保管庫を設立する法案(SB115)が提出されました。
特徴:州民や企業が利用できる電子取引システムの導入も計画されています。
◇ アイダホ州
法制度:金・銀の売買に対する州税を免除する法律(HB206)が可決されました。
保管施設:民間の金保管サービスが州内で利用可能であり、州の監督のもとで運営されています。
◇ サウスカロライナ州
法案内容:金・銀を法定通貨と認める法案(HB3377)や、州内に金保管庫を設立するための調査を行う法案(HB3379)が提出されています。
目的:州の財政的自立と、連邦準備制度からの独立性を高めることを目指しています。
これらの州の動きに共通することは:
●インフレやドルの価値下落への備え:金・銀を保有することで、通貨の価値下落に対するリスクヘッジとしています。
●州の財政的自立:連邦政府や中央銀行からの独立性を高め、州独自の財政運営を目指しています。
●法定通貨の多様化:金・銀を法定通貨として認めることで、通貨の多様性と安定性を確保しようとしています。
これらの動きは、連邦政府の通貨政策に対する懸念や、経済的な不確実性への対応として注目されています。今後、他の州でも同様の取り組みが進む可能性があります。
一方日本では?
これまで見てきた通り、基軸通貨ドルを発行するアメリカでも、州政府レベルで「金を保有してインフレや通貨価値の下落に備える動き」が広がっているということには驚かされます。一方で、日本では国や自治体が「金保有による通貨防衛」を語ることはほとんどなく、そのギャップは非常に大きいと言えます。
なぜ日本でこうした動きが見られないのでしょう
――以下に主な理由をいくつか整理してみます。
日本で「金による通貨防衛」が行政レベルで出てこない主な理由
1.
中央集権的な通貨・金融制度
日本では通貨・金融・財政政策が完全に中央(=日本政府・日銀)に一元管理されており、都道府県や市町村が独自に金融政策的な判断を行う余地は皆無。
対してアメリカは、連邦制で州の独立性が強く、州レベルでも準備資産の運用が法的に許されている点が大きく異なります。
2.
日本政府の金準備は一応存在し、表向きは「安定的」とされている
日本政府(日銀)は約845トンの金準備を保有しており、これは世界9位(2024年時点)。政府や日銀は「十分な金準備を持っており、通貨の信認も維持できている」と説明しています。そのため、「さらに地方が保有する必要はない」と考えられています。
3.
インフレ・通貨不安の国民的認識が低い
長年のデフレと円安耐性によって、日本では「通貨価値の下落」への国民的危機感が非常に薄いです。「貯金神話」という言葉がある通り、ゼロ金利時代でも個人資産は預貯金が中心でした。
4.
制度的にも、地方自治体は金や外貨の保有・運用が事実上制限されている
地方自治法・会計法上、都道府県・市町村は「余剰資金の国債・預金での運用」程度に限られ、金などのコモディティを保有する法的枠組みが存在しません。
仮に金を保有したくても、制度改正が必要になります。
5.
「金保有=反中央、反金融政策」というイメージが強い
金準備を推進する州(アメリカ)では、しばしば「連邦政府やFRBへの不信感」が背景にあります。日本ではこのような政治的な独立性の議論が起こりにくく、通貨政策の対案を地方が提示する文化が未発達です。
結果として:日本では「金は個人資産として保有するもの」に限定されている
国民が金を「実物資産」「インフレ防衛」として保有する流れは徐々に出ていますが、行政や制度レベルでは一切議論の対象になっていないのが現状です。
それでももし、円安が続き、インフレが顕在化し、日銀の信認に疑問符がつき始めたとき、地方や民間が「金による保全」を検討する余地が今後出てくる可能性はあります。しかし、現状では制度も文化もそれを受け入れる準備ができていない状況と言えるでしょう。
当ホームページを御覧の方は、少なからず金に関心をお持ちの方だと思います。今はまだ日本では行政や制度レベルでは政府の金保有追加や地方レベルの金保有に一切関心が持たれていない状態ですが、世界に目を向ければ、これまで経済発展が目覚ましい新興国の中央銀行や米国ドル資産に集中させることへの警戒感を持つ米国と距離を置きたいとする国が中心になって金を購入しているのだと伝えられがちでしたが、現代の覇権国の米国内においても基軸通貨ドルに対する将来の不安、中央集権的な通貨制度への疑念から、州レベルで金(銀)の法定通貨化や金準備保有を進める動きが出始めているという現状を認識すると、やはりご自身の資産の中にある程度の金は組み込んでおくべきと感じられるのではないでしょうか。