トランプ2.0でNY金市場に異変 | 【公式】日産証券の金投資コラム

トランプ2.0でNY金市場に異変

2025年2月10日

いよいよ始まりました2回目のトランプ米政権(トランプ2.0)。
カマラ・ハリス民主党候補との大統領選は稀に見る接戦との大方の予想を覆し、トランプ氏圧勝の結果となりました。
 
そこで、大統領選期間中のトランプ氏から発せられていた公約や方針は、極端すぎる、または出来るわけないとして、あまり本気に受け止めていなかった市場関係者や各界の関係者も、いざトランプ勝利が決まると、いわゆるトランプトレードとして就任前の昨年中から市場への急速な織り込みが進みました。
例えば、不法移民対策強化やオバマ政権下で縮小された民間刑務所利用を再度促進するとして刑務所運営会社のジオの株価が大統領選投票日(24/11/5)から大統領就任式の前日までに2.3倍に上昇、暗号資産の規制緩和を早くから表明していたことで暗号資産交換所のコインベースも同期間で5割上昇しています。
逆に民主党バイデン政権が支援していた新エネ事業の太陽光発電や前政権時代にオバマケア廃案を主張していたことで医療保険分野の株価は大統領選以降低迷しています。
 
では、金市場はどのような反応を見せたかというと、当選直後はトランプ氏が支援するとしている暗号資産の代表のビットコインが急騰する一方で、ドルに代わる代替資産として買われることの多かった金は、同じ性質を持つビットコインに資金が流れることで低迷を余儀なくされました。
しかし、12月に入ると次第に状況は変わってきました。金価格は底固い動きとなり、特に先物市場のNY市場(コメックス)は現物市場であるLBMA市場より強い動きになりプレミアム状態が続いています。
 
また、同時にコメックス市場における金の受け渡し可能在庫が日に日に増加するようになりました。
昨年10月末時点での金の受け渡し可能在庫は530トンほどだったものがじりじりと増加し、12月中旬に600トンを超え、日によっては10トン増加する日も珍しくなく、多い日には40トンを超える日もありました。
当原稿執筆の25年1月下旬には指定在庫800トン第に乗り迫り、前年10月末との比較では5割増と急増しています。

 
COMEX金倉庫在庫

 
NY金と金現物のスプレッド

コメックス価格の大幅なプレミアムと在庫の増加という現象は、2020年2月~3月のコロナパンデミックによるサプライチェーンの混乱、供給障害時に起きたことが思い起こさせます。
当時は世界的に流通が停止状態に陥ったことで、金先物市場(コメックス)における売り方は海外から持ち込む予定の現物の調達が出来ず踏み上げ(売り玉の買戻し)を強いられ、これにより通常であれば大きくても1ドル程度の現物と先物の誤差で推移する先物市場価格が一時100ドルを超えるプレミアムになることがありました。
 
そして4月に流通が再開すると安い現物を買い高い先物市場で売立てていた向きの現物を渡すという動きが活発化し、コメックス市場の在庫は3月の240トン程度から7月末には1100トンにまで急増、現物市場に対する先物市場のプレミアムは急速に解消されました。
しかし、当時と今回で違うところがあります。それはプレミアムの拡大と在庫の増加が同時進行で起きているということです。
この動きの背景として考えられていることは、トランプ大統領が大統領選期間中に掲げていた、中国に対しては60%の関税をかける、その他の国に対しては一律10%から20%の関税をかけるという考えを表明していたことがあります。
 
そして11月末にはSNSでBRICSの新通貨創設の動きを念頭に貿易でドルを使わないという国には100%関税をかけると脅しとも受け取れる投稿を行ったこともまた金への締め付けも強くなるのではとの思惑から、当原稿執筆時点では正式表明はありませんが、金も課税の対象となる場合を警戒して金現物の輸入業者は駆け込み需要的に在庫の積み増しを行っている可能性があります。
それでも年明け早々BRICSはインドネシアをBRICSへの正式加盟(招待)を発表、インドネシアもこれを歓迎する表明をしています。
トランプ大統領の投稿は、BRICSの動きをけん制するにはあまり効果はなかったように見えます。

 
米大統領選トランプ勝利後、NY金のプレミアムが上昇

また、1月21日現在、金の現物価格は2700ドル台前半を推移していますが、コメックスのオプション市場では2月限権利行使価格2950ドルのコールオプションの取組高が約37000枚にまで急増しており、3月限、4月限以降も現物価格に10%程度上の水準にあたる権利行使3000ドル前後のコールオプションの取り組みが増加しています。
コールオプションの急増はオプション売り方に現物調達の動機を与えることになり、先物市場上昇だけでなく、現物のリースレートも高騰しています。

 
OGGS OI&EOD VOLUME

 
金リースレート

トランプ大統領が掲げる関税政策や不法移民対策はインフレ要因になるとして、金の持つインフレヘッジとしての役割が注目されていましたが、ここにきて関税への警戒感が金市場価格の変動要因の一ファクターとして影響を持ち始めています。

 

【金への関税適用はコメックス先物価格の指標性を失わせる危険】

金への輸入関税

コロナパンデミックの時は流通再開後数か月でコメックスのプレミアムは解消されましたが、仮に実際に金の輸入関税が導入された場合、もっと長期化する可能性があります。
そして現在、貴金属業界で懸念されていることは、上記の通り既に、現物の世界の中心地であるロンドンの現物価格のベンチマークのLBMA価格とNY先物価格の差が広がる傾向にありますが、通常この価格に差が出た場合は、地金現物をロンドンからニューヨークへ輸送して裁定取引が行われてその差が減少します。
しかし関税が課される場合は、その取引が効率よくできなくなるのではということです。金への課税というと、日本でも消費税が課税されていますが、消費税は現物の購入者が支払うものですので大阪取引所の金先物市場は取引は消費税を加味しない価格で行われ、消費税は現物の受け渡し時に初めて発生します。しかし輸入関税の場合は、「貨物を輸入する者」が納税義務者となるため、その後の先物市場価格も含め米国内流通ではこの輸入関税分を考慮した価格になると考えられます。しかし、米国内にも金生産業者はあることから同じ100オンスバーであっても輸入物と国産物で販売コストが違う現象が生じます。
 
そもそも輸入関税とは、同等の商品の内外価格差が大きい(国内>海外)時に国内生産者を保護する目的で行われることが多いです。金はもともと世界共通の評価価値で取引されるので、これには当てはまりません。
例外的に国民の金選好の強いインドでは、金の輸入量が膨らみ過ぎて貿易収支の悪化を避けるために輸入関税をかける国もあります。つまり金の値段を高くして国民に金を買いにくくするという考え方です。
もし、今後トランプ政権が、金への輸入関税をかけると決定するならば、理由はこのインドのケースと同様の考え方かもしれません。BRICSの脱ドル化への動きへの脅しをかけると同時に米国民が金購入に走ることを警戒し、その抑制のための措置と解釈できるからです。
 
しかし、米国が実際に金の輸入関税導入した場合には、コメックス市場で形成される価格というのは輸入関税という人為的なバッファーが追加されることで現物市場との裁定取引がやりにくくなることは容易に想像できます。
大げさかもしれませんが、現物価格のLBMAと先物市場のコメックスの金市場における二大ベンチマーク一つが失われる可能性も出てくるかもしれません。
貴金属業界、CME含む米国の先物業界からは金への輸入関税導入には反対の声が出ることは必至と思われますが、トランプ大統領の前政権時の強気の姿勢ややや強引ともいえる手法を経験済みであり、今回は第二期で4年間しか実行期間がないだけに前政権時以上に早めに行動に出る可能性もあります。
 
今年はトランプ政権の動きが金市場においても大きな変動要因となり注目すべきところでしょう。

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