金の機能、価値の保全について2
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今年の8月の当欄で金の持つ特徴のひとつである「価値の保全」機能について、iPhoneを例にして紹介しました。今回はもう少し、期間と規模を大きくして「価値の保全」機能を紹介します。
今回の商品は個人が一生のうちで最も大きな買い物と言われる『住宅購入』をアメリカの例をもとに、また、現在通貨安と物価高で苦しむトルコでの金(Gold)事情をご紹介したいと思います。
【アメリカ不動産市場】
アメリカの不動産市場は2007年の不動産バブル(サブプライムローンバブル)から翌年の世界金融危機(リーマンショック)を受けて急速に冷え込み、住宅着工は著しく落ち込みました。しかし、米国政権は景気刺激策としての低金利策、量的緩和政策(QE)を実施したことで、個人の需要は急回復しました。
ただ、住宅供給が需要に追い付かず、住宅価格は2012年から上昇に転じ、2018年には住宅価格指数は不動産バブル時の高値を更新、その後、コロナショックの世界的な供給網の停止は、不動産市場においては住宅用の木材の供給が世界的に滞り、木材ショックとも呼ばれた住宅資材の価格高騰が、住宅価格の上昇に拍車を掛けました。
2022年に入りFRBをはじめ世界の中央銀行(日銀を除く)がインフレ抑制のための急激な金融引き締めを行ったことにより、足元では米国の固定型住宅ローン金利も8%近くにまで上昇、ようやく住宅価格も下げに転じました。
しかし、住宅着工件数の累積などを見ると、不動産バブルが弾け落ち込んだ分の住宅供給の回復はまだまだ進んでおらず、潜在的な住宅需要は強いと思われますので、このまま価格が下げ続けるとは言い切れないのではないでしょうか。
ところで、米国で購入される住宅はいくらぐらいのものなのでしょうか?
FRBがまとめたデータによると、2022年に米国内で住居用に購入された住宅の平均価格は535,500ドル(約8000万円、1ドル=150円で換算)、そしてこれは平均購入者の年収の約6.4倍だそうです。
この6.4倍という数字、80年代半ばには年収の1.5倍程度で住宅が購入できていた米国人にとってはかなり高くなってきたという印象であり、住居費が支出の大きな部分を占めるようになってきたと言えそうです。
さて、この住宅価格、50年前の1973年当時はいくらぐらいだったのでしょうか?
同じくFRBのデータによれば、35,100ドル(約1,260万円、1ドル=360円で換算)でした。
50年の時を経て、米国の住宅価格は35,000ドルから53万ドルに約15倍に上昇しています。物価上昇率でいうと平均5.5%ほどでしょうか。足元の物価上昇率からすると少し高い気もしますが、70年代の二度のオイルショックや21世紀に入っての商品価格高騰などを考えると、妥当と言えなくもないかもしれません。
【住宅を金(Gold)で買ってみよう】
ここで、いよいよ金の出番です。仮定の話です。米国のある家族は代々、住宅を購入するのはすべて金(Gold)で支払うことにしていたとします。そのため貯蓄はドルではなく全て金(Gold)で行っていました。(実際には米国では個人が金地金の所有を禁じられていた時代(1933年~1974年)がありましたので、あくまで想像の話です。
1973年、この家族の父親は、代々引き継いだ金と自分でコツコツ貯めた金で住宅を購入することを決めました。当時の住宅価格は前述の通り35,100ドルでした。この年の金価格は97.22ドル/トロイオンス(LBMA年間金平均価格)でしたので、住宅購入に必要な金の重量は361トロイオンス(11.2Kg)でした。
28年後の2001年、長男が家を買うことを決めました。当時は直前のITバブルの影響もあり住宅価格は21万ドル台(73年比6倍)にまで上昇していました。一方、金価格は80年にピークを付けた後の下降基調を抜け出せずにいました。しかし、政府がITバブル崩壊の対応で利下げを進めていたので、今後住宅価格がさらに上がってしまう可能性もあり、また金価格が下落する過程で着実に金貯蓄をしていたので、住宅購入を決断したのです。支払いに使った金の重量は779トロイオンス(24.2Kg)、お父さんの購入した当時の2倍以上の重量になっていまいましたが、住宅価格は6倍以上になっていたので「よし」としました。
その後、長男の思った通り不動産バブルが発生し住宅価格は急騰、5年後の2006年には住宅価格は30万ドルを突破、長男が購入した当時よりも1.5倍に上昇しました。しかし、当時、住宅価格以上に金価格が上昇していたので、金の保有価値は住宅価格以上に増えていました。そんなこともあり、まだ住宅を購入していない次男はあまり慌てることはありませんでした。
そして遂に2007年に不動産バブルが弾け、翌年の世界金融危機(リーマンショック)で、株式市場は暴落、金価格も一時リスクオフの現金化の動きで下げましたが、反発に転じるのは株式市場や不動産市場よりも早く回復しました。2011年、金価格が当時の高値である1,900ドル台を付けた年に次男はようやく住宅を購入しました。当時の住宅価格はバブルが弾け下げたとはいえ、26万ドル台半ばと、長男の購入時期よりまだ5万ドル程度高かったのですが、金価格が上昇していたことで、購入に必要な金の重量は168トロイオンス(5.2Kg)で済みました。お兄さんの購入時の約5分の1、40年以上前のお父さんの購入時の半分以下の重量で住宅を購入できたのです。
2023年の現在の住宅価格を金の重量で換算すると259トロイオンス、約8.1Kgになります。次男の購入当時に比べると必要重量は増えますが、それでも50年前にお父さんが購入した時よりも2割も少ない量です。現在、お父さんの孫にあたる長男の息子が、足元の住宅価格の下落傾向と金価格の上昇を眺め、いつが住宅購入のチャンスか思案中です。もちろん原資は親や祖父が自分のために蓄えたり、残してくれた分と自分でためた金(Gold)です。
米国のように賃金上昇が進んでいる国でさえ、自国通貨だけを持っていても、物の価格がそれ以上に上がってしまえば、価値の保全はできません。法定通貨のように金利の上げ下げや供給量の変更が自由にできない実物資産の金であるからこそ、物価の上昇に合わせた価格連動が保たれ、価値保全が可能になるのです。
【生活防衛に金保有を実践する国:トルコ】
今回の例では住宅購入を金(Gold)を使うとはいえ全額一括で購入するという計算になっており、一般的にはやや現実的ではないかもしれませんが、世界を見渡すと今回の例にあるような「収入のほとんどを金(Gold)に換えて蓄え、生活防衛をする」という国があります。
それはトルコです。同国では国民はお金が手元に入れば、まず、いつ値上がりするかわからない食料品や生活必需品を買い溜めし、残ったトルコリラを外貨、金貨や金のブレスレットに換金して通貨安による目減りを防ぐということを日常的に行っているそうです。また、国民は購入した金を枕の下に保管するというのが一般的なようです。日本でいうところの「タンス預金」のようなものでしょうか。
ただし、現在では、こうした金を狙った強盗などの犯罪へ防止策、また貯蔵された金を経済の流通に乗せるために、銀行が金預託に金利をつけて預かり証券を発行する商品なども出ています。このように、トルコでは、金が国民の生活と密接に結びついています。
トルコは現在物価上昇率が年率50%を超えており、この5年で同国通貨リラの価値は対ドルで5分の1に下がっています。しかし、同じ期間トルコリラ建て金価格はリラ安以上に上昇しています。従いまして生活必需品の買いだめをして余ったお金を金貨などに換金するという方法は十分生活防衛に役立っていると言えそうです。
さて、ここまでトルコリラが下落した要因は、同国のエルドアン大統領が進めてきた経済政策にあると言われています。エルドアン大統領は長い間、経済理論の主流に反する見解を打ち出して高金利に公然と反対し、国内の物価上昇圧力を増大させてきました(参照、「トルコモデル概念」)。
しかし今年5月に再選を果たしたエルドアン大統領は、外国投資家からの信頼が厚いシムシェキ氏を経済政策のかじ取り役に起用して政策の180度の方向転換を開始。9月6日には、金融引き締め政策を通じて物価上昇率は1桁台に鈍化すると発言し、最近の積極的な利上げを後押しする姿勢を見せて一部の市場関係者を驚かせました。ようやく、通貨と物価の正常化への光明が見え始めたといったところでしょうか。
では、仮にこのままトルコ経済の安定化が進んだとしたら、トルコ国民は、もう必要ないとして、金(Gold)の保有志向が失われてしまうでしょうか?
その答えはおそらく「NO」でしょう。なぜなら伝統的に金の保有を続けていたからこそ、こうした危機を乗り切ることができるというある種の「成功体験」が歴史の中で脈々と受け継がれていると考えられるからです。
米国の住宅価格の例でもわかる通り、金の保有は長ければ長いほどその効果を実感できます。大事なことは、短期的な値動きを期待して購入するというよりも、ご自分の子や孫の世代、将来に残すという気持ちで継続的に購入し、保有量を増やしていくことが、結果的に経済危機などの突発的(短期的)な事象の際に助けになるということだと思います。