ドルを「みんなで支える」?
欧州発のドルプール構想と、日本が向き合うことになる現実
11月13日のロイター報道では、ワシントンの Peterson Institute for International Economics(PIIE) のアダム・ポーゼン氏が、「世界の中央銀行が共同でドルを備蓄し、危機時に融資できる仕組み」を提案したことが紹介されました。
この議論は、ECBのラガルド総裁が主催した会議で行われ、欧州の中で大きな関心を集めています。
背景には、欧州のFRBへの依存の高さがあります。ユーロ圏は大量のドル建て取引を抱えていますが、最終的にドルを供給できるのはFRBだけ。「もしアメリカ国内の政治に揺さぶられたら?」という不安が近年高まっていました。
特に2025年に入り、トランプ大統領がFRBに強く圧力をかける発言が続き、「頼り切るのは危うい」という空気が一段と広まったと考えられます。
もしドルプールがパンデミック時にあったら?
2020年のパンデミックでは、世界中でドル不足が急激に発生し、新興国だけでなく欧州の金融機関ですらドル調達が滞りました。
FRBはスワップラインの拡充やFIMAレポ(※)の新設など、異例の対策で危機を乗り切りましたが、「この仕組みは永続的ではない」という不安が残りました。
※米国債を担保にしたFRBからのドル調達
もし当時ドルプールが存在していれば、ドル不足による市場混乱はもう少し和らいでいたかもしれません。
ドル覇権への含意:BRICSとの共通項と相違点
欧州ドルプール構想は、BRICS諸国が主張する“脱ドル化”とは目的も方向性も異なります。
BRICSが 「ドルに依存しない国際決済圏」 を構想し、自前の通貨ブロックや金本位的な仕組みを探るのに対し、欧州案はあくまで 「ドルを使い続けながら、FRBへの一極依存を弱める」 点に特徴があります。
すなわち、BRICSはドルの外側に新たな世界を築こうとしているのに対し、欧州案はドル世界の内側で安全弁を増やそうとしていると言えます。
ただし、両者に共通する点もあります。ドル流動性の供給源がFRBに限られるという“単独仕様”への問題意識が、地域は異なれど同時に広がっていることです。
米国の金融政策や政治の揺らぎが、そのまま世界の資金調達環境を直撃する現状に対し、複数地域がそれぞれの立場で“代替回路”を模索し始めた動き――その意味では、BRICSと欧州は異なる方向を向きつつも、ドル覇権に小さな亀裂を生む可能性を共有しています。
日本:外貨準備の巨大さは“貸す力”にはならない
日本は世界最大規模の外貨準備を持ち、その大半が米国債です。しかし、外貨準備が大きくても、危機時に自由に使えるとは限りません。
• 国内の銀行・企業がドルを必要とする
• 政府・日銀は市場安定を優先し、外貨準備を簡単に放出できない
• 結果、日本自身が「ドルを借りる側」になる可能性がある
つまり、日本の外貨準備は「見かけほど使い勝手がよくない」構造にあります。
日本がドルプールに参加しない場合:ここが最も深刻
欧州やアジアが“ドルの共同備蓄網”を整える中で、日本だけが参加しないとどうなるか。
もっとも影響を受けるのは、他でもない日本の家計です。
●円安に弱すぎる日本の生活構造
• エネルギー・食料品の多くが輸入依存
• 円安(=ドル高)になると生活費に即直撃
• 他国がドルの安全網を持つほど、相対的に日本は“円安ショック”を受けやすくなる
つまり、ドルプール不参加は「円安リスク=家計負担増」を放置することにもつながりかねません。
参加した場合:日本のメリットは意外と大きい
米国と調整を重ねながら段階的に参加するシナリオでは、次のような効果が期待できます。
1.危機時のドル不足リスクが軽減
2.円安の急落を防ぎやすくなる
3.アジアでの金融安定に日本の役割が増す
4.家計の物価負担が緩和される可能性
特に円安による生活物価の上昇に悩む日本にとっては、家計にとっての“安全網”にもなるかもしれません。
家計にできること:円だけに頼らない

ドルプールの有無にかかわらず、日本の家計は「円だけに依存した構造」から少しずつ離れる準備が必要です。
• 外貨建て資産を少額でも持つ
• 金(ゴールド)など“通貨によらない資産”の活用
• 海外株式・外貨MMFなどへの分散
世界の通貨環境が変わりつつある今、家計も「小さな多極化」を意識する時代に入ったといえます。
おわりに:世界はドルを手放さないが、“支え方”は変わる
欧州のドルプール構想は、ドルの終わりを告げるものではありません。
むしろ、ドルの安定性をこれからも維持するための“支え方の工夫”ともいえます。
世界の大学者が集まる会議で、「ドルを世界で共同管理する」という発想が普通に語られる時代になりました。
日本は外貨準備の大国でありながら、危機時には自国がドル不足に陥りやすいという矛盾を抱えています。だからこそ、この議論は“日本の家計の生活”にまでつながる問題でもあります。
日本が参加するかどうかは今後の外交・金融政策次第ですが、不参加のままでいれば“円安・物価高の負担”という形で国民にしわ寄せが来る可能性があります。
世界の通貨体制が静かに変わりゆく今、日本もその変化に目を凝らす時期を迎えていると言えるのではないでしょうか。

