コロナ禍の中、インドが大量に金を買う理由

コロナ禍の中、インドが大量に金を買う理由

(東海大学教授/ジャーナリスト) 葉 千栄
2021年5月29日

 
世界のコモディティ価格が上昇、インフレ懸念の高まりから金の価格が上昇しているのは皆さんもご存知の通りだ。
すでに高い水準となった金価格が今後どうなるか仮想通貨の下落による資金の回流、バイデン政権巨額の財政出動など様々な要素が指摘されているが、私は今回、別のポイントに注目している。それはインドの動向だ。

インドといえば、昔から中国に並ぶ“ゴールド好き”国民として有名だ。古来より金をあがめ、宝飾品として愛用してきただけではない。蓄えたお金の一部をゴールドに換えて密かに持つことが何世代にもわたる乱世に乗り越える教訓とされてきた。

投資家の7割が株や不動産ではなく、金が最もよい投資先と考えており、WorldGoldCouncilの推計では、こうしてインドの家庭内に眠る金は、2万5000トンにものぼるという。

民間の金所有量は、世界第一位が米国、2位が中国、そして3位がインドだが、しかし、インドの輸入品目別金額は、常に1位が「原油」、2位が「金」。長年貿易赤字に苦しむインドの最大の原因はこの金の大量輸入にある。

そこでインド政府は、民間に眠る大量の金を市中に流通させ、少しでも金の輸入を減らそうと2015年にある政策を打ち出した。それは「金の通貨化」である。持っている金の現物を銀行に預けると貯金として利息がつき、銀行から融資を受ける際の担保にもなるというものだ。

だが、大切な金を銀行に預けることに抵抗があるうえ、利息も安いため、この政策はうまくいかなかった。そこで2016年には、今度は金の国債を発行した。しかし、これも年率2~3%の利息が低すぎるとあまり人気がなく、市民たちは引き続き金の現物を買い続けた。

写真:インド政府発行のゴールド国債写真:インド政府発行のゴールド国債

ところが、コロナ禍で状況が一変した。この原稿を書いている5月28日時点、インドの新型コロナウイルス感染者は、累計で約2760万人。死者数は31万8,895人にものぼる。5月6日には、1日あたりの新規感染者数が41万4,188人を記録した。

多くの企業が生産停止し、飲食店や商店は休業や店じまいを余儀なくされた。給料は大幅減、失業率も急増する中、多くの家庭は生計を維持するため、また緊急医療費を手に入れるため、銀行に融資を頼まざるを得なくなった。

(WHOによるインドの新型コロナ感染者と死者数の推移)(WHOによるインドの新型コロナ感染者と死者数の推移)

インドの銀行関係者の話によれば、今や融資相談の3分の1が金を担保にした顧客だという。とりわけ、土地や家屋などを持たない中・低所得層が金の装飾品を持ち込むケースが多い。というのも、インドの銀行は無担保ではまず融資してくれないからだ。

その結果、2020年3月以降、銀行における金を担保とした融資額は82%増。それまで5年間呼び掛け続けた「金通貨化計画」で集まった金の量は民間所有量の1000分の1であったが、コロナ禍によって倍になった。

銀行の融資を受けるために、人々はさらに金の現物を求めた。つまり、感染拡大、景気の落ち込みによって金の需要が更に高まるという予想もしなかった結果になったのだ。

そんなインドではついに金のマスクまで登場した。この金のマスク、重さ55gで職人が10日間かけて作り、制作費は約4000ドルだという。表面にはたくさんの小さな穴がある。
ウィルス遮断効果は不明だが、インドメディアに「世界一高いマスク」と報じられ、大変な話題になった。

(WHOによるインドの新型コロナ感染者と死者数の推移)

出典:『新浪財経』出典:『新浪財経』

このような動きを見て、当初、海外からの金購入量を減らそうと考えていたインド政府と中央銀行は方針転換した。2021年2月、インドは、11.2トンの金を購入した。WorldGoldCouncilのデータによる)。この月の国別購入量では世界一である。

これによって、インドは一気に世界の金備蓄ランキングでトップ10入りを果たしたが、その翌月にはさらに史上最高の160トンを購入。その結果、2021年第1四半期のトータル輸入量は、321トンにものぼった。

ちなみに1年前の第1四半期は124トン。国民から金を大量に集めながら、さらに未曽有の輸入を行っているのだ。
しかも、この動きはインドだけの話ではない。4月にはタイ中央銀行がなんと43.5トンという“爆買いをしている。

2021年2月まで15か月間、海外から金を購入していなかった中国もついに動き出した。5月27日のロイター通信によれば、4月、スイスの税関を通って中国へ輸出された金は過去14か月の合計を上回る40.2トン。だがインドも負けていない。この月、インドは56.4トンのも金をスイス経由で購入したという。

昨年10月以来、スイスの金輸出の最大の相手国はインドである。今年1月~4月、スイスの金輸出量は26増の451トン。そのうちインドへの輸出量は前年比827%増の2343トンと全体の52%を占める。

2021年4月30日時点主要各国の金購入量の統計 出典: World Gold Council2021年4月30日時点主要各国の金購入量の統計 出典: World Gold Council

このように、中国、インド、タイなど各国の中央銀行が急激に金備蓄を増やす最大の原因はインフレ懸念だろう。2010年4月、アメリカの消費者物価指数は、年率4.2%増と、ここ13年で最大の増加幅を見せ、さらに生産者物価指数は年率6.2%増と史上最大の増加を示した。

このような状況下、各国が金の備蓄を増やすのは当然だ。金の備蓄量に影響を与えるのは、やはりインフレに対する判断だ。つまり目下のインフレは一時的な局面なのか、それとも長期に続くニューノーマル新常態か。

だが、国内でコモディティの価格上昇を抑えながら、インフレ抑制に乗り出した中国には、金に関して、もう一つ長期的狙いがあると私はみる。それはデジタル人民元の推進だ。ドル本位から金本位へシフトすることで、デジタル人民元の信頼と安定性を高められるからである。

東海大学教授 ジャーナリスト葉 千栄(よう せんえい)氏
葉 千栄(よう せんえい)氏

1957年上海生まれ。1985年来日。1992年より早稲田大学大学院政治研究科に在籍、修士課程修了。
この間、香港の政治経済誌『亜洲週刊』日本特派員をつとめる。現在、東海大学教授として、東アジアの政治・経済に関する講義を行うかたわら、日中・米中関係、中国の政治経済を鋭く分析するジャーナリストとして執筆・講演をこなす。「たけしのTVタックル」「ニュース23」「朝まで生テレビ」「関口宏のサンデーモーニング」などTV番組のゲスト出演も多い。また、中国中央電視台(CCTV)や、”中国のCNN”と呼ばれる香港フェニックスTVでも、番組コメンテーターとして出演中。