「増加する自動車触媒コンバーター盗難:パラジウムの相場動向」

「増加する自動車触媒コンバーター盗難:パラジウムの相場動向」

(貴金属スペシャリスト) 池水 雄一
2022年5月21日

 
ここ数年、欧米そして日本でも自動車の「触媒コンバーター」の盗難が急増しています。触媒コンバーターとは排ガスに含まれる有毒ガスである一酸化炭素、窒素酸化物、炭化水素を、無害な水、窒素ガス、そしてより有害ではない二酸化炭素に変換して排出するための装置であり、触媒としてプラチナ、パラジウム、ロジウムなどの白金族が使われています。

(自動車排気ガス触媒のイメージ:Chem-Stationより)

これら白金族の価格がここ数年急騰していることから、これらを使う触媒コンバーターが狙われています。車一台を盗むよりも、その下に潜り込み、触媒コンバーターだけを切り取り盗難するという手口で簡単に何台分も盗むことができ、容易に現金化することができるため、この盗難が急増しているのです。日本では触媒の利用割合が低く、触媒劣化がしにくいハイブリッド車それも旧式プリウスの触媒がターゲットにされています。最新モデルは省貴金属化84%も進んでおり、触媒の貴金属量は大きく減少しているので、より多くの白金族が使用され、車自体の中古車価値が大きく下がっており、盗難に対する警戒も薄い10年以上落ちのもの、特に第2世代(2004年から2009年)と第3三世代(2009年から2016年)が主なターゲットになっています。場合によっては、中古車価格(約20万円)と触媒価格(20~30万円)がほぼ同じというような状況になっており、盗難により手間がかからない触媒は格好のターゲットになるのです。米国では触媒盗難は2019年から2020年の間に400%も増加し、2021年はさらに増加しているとみられており、廃品業者は、そこから貴金属を取り出しキャッシュ化することができ、買い手にとっても手っ取り早いビジネスであることは確かです。米国トヨタのピックアップトラックのツンドラは4つの触媒コンバーターを搭載しており、下部に潜り込むのも簡単で、触媒1個当たり、500ドルから1000ドル(現在のレートで6万5000円から13万円)の買値がつきます。排ガス触媒が無ければ自動車は走ってはいけないため、修理に出すことになるのですが、それがまた盗まれるという二重三重にも渡る盗難被害を受けたオーナーもいると報道されています。修理に出して触媒コンバーターを新たに搭載するコストは米国では11,000ドル以上(150万円以上!)もかかるということです。そのため自動車会社側も触媒コンバーターに盗難防止シールドを付けるというサービスを行っていますが、それが600ドル(8万円近く)プラス工賃と決して安いものではありません。自動車会社側も触媒コンバーターに盗難防止シールドを付けたり、法律により触媒コンバーターにスタンプを押し、買い取り側もその記録を詳しく残しておくことを義務づけるなどの対策が検討されているようですが、それが法律になるにはまだまだ時間がかかりそうです。価値が高い貴金属を材料として使う製品の避けられない運命とも言えるこの犯罪を防ぐ方法は究極的には、貴金属を使わないということです。当然その努力は続けられており、省貴金属化は自動車触媒のみならず、シルバーを大量に使うソーラーパネルでも進んでいます。しかしまだ全く貴金属を使わなくてよいということにはなっていません。それだけの性能を持つ代替品が商業化されるには、まだまだ将来の技術革新を待つ必要があるのです。そのため、残念ながら現状できることは盗難への防止対策を高めることと、相場が下がることを祈ることでしょうか。いずれにしても頭の痛い問題です。

「パラジウムの動向」

パラジウムは相変わらずの流動性がない大きなスイングが続いていますが、このところはじわじわと下落傾向となっています。2月24日のロシアのウクライナ侵攻をきっかけに侵攻前の2350ドルというレベルから、侵攻直後は2700ドルまで上昇、まさに地政学リスクの買いが入りました。しかしその後数日で相場は2300ドル割れまで戻し、地政学リスクによる上昇は、例のごとく短命に終わりました。しかし、ウクライナ情勢はその後二か月以上もたつ現在まで全く事態は改善していません。パラジウムはその後改めて大きく上昇、3月7日には3400ドルを超えてわずか10日あまりで1000ドルも上昇し、これはパラジウムの歴史的高値となりました。この動きのきっかけとなったのは、LPPM (London Platinum Palladium Market)において、ロシアの精錬所ブランドのPGMがGood delivery listから外されたことでした。ゴールドとシルバーはLBMAによって一か月以上早くロシア物が外れましたが、PGMはさすがにロシアの重要性のためにその時はリストから外されることはありませんでした。しかしロシアへの制裁がより厳しくなってくる状況で、LPPMもロシア物を外さざるを得なかったということでしょう。それによりロシアが世界最大の生産シェアを誇るパラジウムの供給不安となり、パラジウムは大きく上昇したのです。しかしその高値も長続きはしませんでした。実際の需給は、パラジウムの需要の80%を占める自動車触媒需要が半導体不足の影響を受けた自動車生産の滞りのため不調、それに輪をかけて中国のゼロコロナ政策の都市ロックダウンにより、流通が大きく阻害され、そのためにパラジウムは現在2000ドル割れ寸前のところまで値を下げています。中国でのゼロコロナ政策は傍目でみていても全くの無理筋だと思いますが、指導部の面子、ただそれだけのために果たして一体いつまでこの政策を持続できるのかわかりません。パラジウムの価格の動きはこの中国のゼロコロナ政策次第ではないかと思います。半導体不足と中国のゼロコロナ政策に変化が出たとき、パラジウムの価格は大きく戻す可能性があるのではないでしょうか。

日本貴金属マーケット協会 代表理事
貴金属スペシャリスト池水 雄一(いけみず ゆういち)氏
池水 雄一(いけみず ゆういち)氏

1962年生まれ兵庫県出身。
1986年上智大学外国語学部英語学科卒業後、住友商事株式会社入社、その後1990年クレディ・スイス銀行、1992年より三井物産株式会社で貴金属チームリーダーを務める。
2006年よりスタンダードバンク東京支店副支店長、2009年に同東京支店で支店長に就任。2019年9月より日本貴金属マーケット協会(JBMA)代表理事に就任。一貫して貴金属ディーリングに従事し、世界各国のブリオン(貴金属)ディーラーで池水氏の名を知らない人はいない。