ロシアのウクライナ侵攻とゴールド

ロシアのウクライナ侵攻とゴールド

(貴金属スペシャリスト) 池水 雄一
2022年3月19日

 
2月24日、ロシアはウクライナへの侵攻を開始しました。この原稿を書いている時点でもはやほぼ三週間の時が経っており、おそらくロシアの思惑とは裏腹に短期で占領とはならず、ウクライナの抵抗が続いています。

「ゴールドの動き」

ゴールドはこの地政学的リスクを受けてこれまでの円建てスポットゴールドの歴史的高値である2020年8月7日の7031円を超えて急騰、新たな歴史的高値は大きく更新され、3月9日早朝に7694円を付けました。ドル建てでのスポットベースでは前回2020年8月7日の高値が2072ドルで、今回の高値は2069ドルと非常に近いレベルまで上げましたが、高値更新とはなりませんでした。前回との違いは為替のレベル。前回の高値時は105円だったドル円が今回は115円と10円も円安であったため、600円以上の円建てゴールドの値上がりとなりました。この高値の直後にゼレンスキー大統領の少し融和的な発言が伝わり、それがきっかけとなり一気に上がり過ぎた「安全資産」から、下げ過ぎたリスク資産(株)への巻き戻しの動きとなり、ゴールドは2060ドル台から一気に2000ドル割れ、一時は100ドルの下げとなりました。ただロシアの侵攻前のゴールドは1900ドルをようやく超えたレベルであったことを考えると、今回のこの下げはあまりに買われすぎてポジションが集中し過ぎたことの反動かと思われます。

(円建てゴールドとドル円の動き)円建てゴールドとドル円の動き(出所:Refinitiv)

(円建てゴールドとドル円の動き)円建てゴールドとドル円の動き(出所:Refinitiv)

「ロシアとゴールド」

ロシア中銀は2年間ストップしていた国内鉱山会社からのゴールドの買い上げを2月28日から再開しました。ロシアは現在中国に次ぐ世界第二位の産金国です。最大の理由は西側の経済制裁により、国内の鉱山会社が外国にゴールドを売ることができなくなったことでしょう。しかしもちろんそれだけではなく、ルーブルが1ドル100ルーブルを超えるレベルまで暴落し、国内では大手の国有銀行であるズベルバンクの株価が取り付け騒ぎやそれによる流動性の悪化も相まって急落、破綻がうわさされるレベルまで下がっているという背景もあります。

(ルーブルの価値急落)ルーブルの価値急落(出所:Refinitiv)

経済の健全性をなんとか保つために唯一増やせる資産として、ゴールドの買い入れを再開したのではと思います。このことで、ロシアが外貨獲得のために大量のゴールド(現在のロシア中銀の外貨準備としてのゴールドの持ち高は2300トン)を売却するのではという見方もありますが、現在、国際マーケットではロシアの銀行の活動がほぼ封じられているので、まず不可能。そもそも西側諸国が買うわけはありません。万が一にも可能性があるとすれば、中国やインドの中央銀行との直接取引ですが、現在の世界の世論の流れを考えるとそれもまず難しいでしょう。

(誰がロシア中銀の外為準備を保管しているのか)誰がロシア中銀の外為準備を保管しているのか

上の図でわかるように、ロシア中銀の資産のうち21.7%がゴールドです。大事なのはゴールドはロシア国内に保有していることです。ユーロはフランス、ドイツに預けており、日本円は日本に、人民元は中国に預けています。ロシアが現在動かすことができる外貨資産は実質的には国内にあるゴールドと中国の人民元だけでしょう。ゴールドの役割はより重要になってきているといえます。

需給面から考えると世界第二位の生産国だとはいえ、ゴールドにおいては、世界の中で占めるロシアの生産量の割合は10%程度であり、世界各地でゴールドが生産されることを考えるとゴールドの需給にロシアが大きな影響を与えることはないと思われます。パラジウムになるとその割合は45%と非常に大きくなり、こちらは相場への影響は無視できるレベルではありませんが。

(ロシアの世界におけるコモディティ生産の比率)ロシアの世界におけるコモディティ生産の比率

ロシアのウクライナ侵攻におけるゴールド価格への影響は史上最高値へあと数ドルと迫るほどの地政学的なリスクとしてもう十二分に織り込まれていますが、この地政学リスクが、三週間を超えてもまだ解決の糸目もつかない状況であり、その成り行き次第ではふたたびリスクオフの動きにマーケットが傾く可能性は大いにあります。そしてこの地政学リスクよりもよりファンダメンタルな部分として、40年ぶりのインフレがあります。インフレ要因で1900ドルまでゴールドが上昇し、地政学リスクで2069ドルまでさらに上昇。原油、天然ガス、そして石炭などのエネルギー、そして小麦をはじめとする穀物も地政学リスクの影響も受けて軒並み高値を更新しました。安全資産、つまり米国債とコモディティからの資産の逆転で高値から少し下がりましたが、まだまだ歴史的な高値圏には変わりません。今後インフレ圧力はより強まるものと予想されます。地政学リスクとインフレリスクのヘッジとしてのゴールドは堅調な相場が続くと予想します。

日本貴金属マーケット協会 代表理事
貴金属スペシャリスト池水 雄一(いけみず ゆういち)氏
池水 雄一(いけみず ゆういち)氏

1962年生まれ兵庫県出身。
1986年上智大学外国語学部英語学科卒業後、住友商事株式会社入社、その後1990年クレディ・スイス銀行、1992年より三井物産株式会社で貴金属チームリーダーを務める。
2006年よりスタンダードバンク東京支店副支店長、2009年に同東京支店で支店長に就任。2019年9月より日本貴金属マーケット協会(JBMA)代表理事に就任。一貫して貴金属ディーリングに従事し、世界各国のブリオン(貴金属)ディーラーで池水氏の名を知らない人はいない。