「有事の金」 変質した国際秩序、生きない経験則

「有事の金」 変質した国際秩序、生きない経験則

(金融・貴金属アナリスト) 亀井 幸一郎
2022年3月5日

 

引き締まりを感じさせる金需給

ニューヨーク市場の金先物価格(以下、NY金)は、厳しさの増すウクライナ情勢の中で20年8月の過去最高値(清算値2069.40ドル)に対する戻り高値の更新を続けている。3月4日は通常取引が前日比30.70ドル高の1966.60ドルで終了した後の時間外で上値を伸ばした。ロシア軍との交戦でウクライナ南東部にある欧州最大規模のザポロジエ原子力発電所で火災が発生。警戒感が一気に高まった市場では、アジア時間から始まった株安が欧州さらにNYへと連鎖する中で、「質への逃避(Flight to Quality)」が金を押し上げた。結局、1974.90ドルのいわゆる高値引けで週末の取引を終えたが、ロシアが軍事行動に出た2月24日に付けていた取引時間中の高値1976.50ドルは超えられなかった。

ロシア侵攻 金市場の初動はセオリー通り

2月24日のNY金は上下に乱高下した。アジア時間の昼前に伝わったロシアによる軍事攻撃着手のニュースに騰勢を強めたNY金は、1950ドルの節目で売り買い交錯状態となるも、突破したことで目先筋(CTA)の買いを呼び込み1976.50ドルまで上値を見ることになった。その後、NYの時間帯に入りトレンドフォロアー(順張り)の買いが一巡しモメンタムが失われると、急速に水準を切り下げ上げ幅を削って通常取引は1923.60ドルで終了。ただし、これで終わらなかった。その後の時間外取引で1900ドル割れから前日比マイナス圏となる1878.60ドルまで一気に売り込まれ1905.40ドルで終了。上下100ドル近い値動きで波乱の1日を終えたのだった。
上げ幅を削った背景は別として、値動きはまさに典型的な「Buy the rumor, sell the fact(噂で買って、事実で売る)」というものとなった。過去30年余りに渡る期間に発生した、国際的な軍事行動をともなう紛争に際して見られた金価格の上昇が、すべて短期間で収束したことから、「有事の金(の上昇)には売り向かえ」がセオリーだったのは事実だ。

長期化が予想されるウクライナ危機

しかし、セオリーが生きるのはここまでと言えたし、その後の展開はまさにそれを表している。すでに米トランプ前政権時代の米中貿易摩擦が、2大大国間の対抗的な関税賦課合戦に発展し「貿易戦争」と呼ばれたように、1990年代初頭の東西冷戦の終結以降の安定した国際情勢は終わりを告げていたのは事実で、今回はその中で起きた軍事衝突となる。さらに形の上ではロシアとウクライナが直接対峙するものの、根底にかつての東西冷戦期のイデオロギー(政治思想)の対立に近い構造があることが、大きく異なる。力(軍事力)で状況を変えようとする強権国家ロシアと民主主義国家の盟主としての米国が、実質的に対峙する構図は、ここまで両国間で首脳会談が繰り返されてきたことからも明らかだろう。
すでにウクライナ情勢は国際世論上も国連の解釈でもロシアによる「侵略戦争」と定義付けられており、過去30年余りの間に起きた「有事」とは大きく異なるものとなっている。米ロが実質的な当事者であることが、この戦争の対応をとりわけ西側にとって難しいものにしている。
展開次第では欧州(NATO)を巻き込む戦争に発展するばかりか、第3次世界大戦すら荒唐無稽な話ではないことになる。
事態は流動的で予測は難しいが、仮に首都キエフの陥落など象徴的な事態が節目となり、ロシアによる軍事攻勢が収束したとしても、解決にいたる落としどころを見つけられず、紛争の長期化は避けられないものと思われる。そこに至るまでに、さらなる制裁強化も考えられるが、この先はブーメラン効果で西側にも悪影響が考えられることから、世界経済へのダメージも想定される状況にある。

利上げサイクルに入るFRBを待つ難局

その中で米連邦準備理事会(FRB)は3月15、16日に連邦公開市場委員会(FOMC)を開くが、先週、パウエルFRB議長が上下両院で米国経済の状況について議会証言を行い、25bp(ベーシスポイント、0.25%)の利上げを支持すると発言。「年内に実施が見込まれる一連の利上げ」の1回目になるという見通しを示した。
パウエル議長は、インフレは年内にピークに達し、低下し始めると予想しながらも「インフレが上昇、もしくはより持続的に高止まりするようであれば、1回もしくは複数回の会合で政策金利(フェデラルファンド金利)を25bp以上引き上げ、より積極的に動く準備がある」と発言。利上げサイクル移行後に50bpの利上げを交える可能性も示唆した。これは現時点でウクライナを巡る混乱が米国経済に波及していないからこそできる判断であり、実際に同議長もそれを認めている。今後の展開では引き締め策の軌道修正も十分に考えられ、実際に先行きの景気見通しを反映するとされる米10年債利回りは上昇が頭打ち状態にある。
最大年内7回の利上げまで織り込んだ金市場だけに、方針変更は金価格のサポート要因になるのは言うまでもないだろう。NY金については3月16日のFOMC後に、値動きが変わる可能性がありそうだ。高値更新の可能性も考えられる。

マーケット・ストラテジィ・インスティチュート代表取締役
金融・貴金属アナリスト亀井 幸一郎(かめい こういちろう)氏
亀井 幸一郎(かめい こういちろう)氏

1979年中央大学法学部卒業。山一證券入社
87年投資顧問会社MMIにて証券および金市場分析レポートを担当、92年国際的な金の広報調査機関ワールドゴールドカウンシル入社。企画調査部長として経済調査、金市場のマーケット分析に従事。1998年独立し分析、評論活動に入る。「史観と俯瞰」をモットーに金融市場から商品市場、国際情勢まで幅広くウオッチしている。日本経済新聞、日経ヴェリタス、日経CNBCテレビ、ラジオNIKKEI等でのコメント、市場分析のほか、時事通信社「アナリストの目」「Gold Daily Report」、日本金地金流通協会ウェブサイト、市況解説など定期寄稿中。