超緩和策の付けが回るドルと金上昇第2ステージ

超緩和策の付けが回るドルと金上昇第2ステージ

(金融・貴金属アナリスト) 亀井 幸一郎
2022年6月5日

 

インフレ加速に慌て強硬策に転じたFRB

米国経済が40年ぶりとなる前年比8%超の高インフレに見舞われている。今回の特徴は急激に水準が切り上がったことだ。21年2月まで1%台に過ぎなかった上昇率は、1年後の22年3月分は8.5%に駆け上がった。1年前には誰もこれだけのインフレ加速を予想できなかった。
このスピード感に慌てているのが米連邦準備制度理事会(FRB)だ。インフレ抑制を前面に押し出し、5月の連邦公開市場委員会(FOMC)では通常の2倍の0.5%の利上げに着手、パウエルFRB議長は6、7月にも同率の利上げの意向を表明。さらに6月からはQTと呼ばれ市場からの資金回収を意味する「量的引き締め策」にも着手した。しかもそのペースも早い。減額幅はまず月475憶ドル(約6兆円)で始め3か月後の9月に月950億ドル(約12兆円)の上限まで引き上げる。前回、17年10月にスタートしたQTは巡航速度(当時月500憶ドル)に達するまで1年掛けた経緯がある。足元でFRBがいかに焦っているかを表わす。

景気を意図的に冷やすのが目的

ここにきてパウエルFRB議長はじめFRB執行部や地区連銀総裁は、強気の引き締め方針を一枚岩となって推し進めようとしていることを表す発言が増えている。

ポイントはインフレに明らかな低下シグナルが見えない限り、9月の会合を含めタカ派的な引き締めが続くという点にある。注目されるのは、引き締め策の進展による「痛み」に言及し始めたことだ。
6月2日にフィラデルフィアの経済団体向けに講演したクリーブランド連銀のメスター総裁の発言はこの点で注目すべきだろう。同総裁は他の関係者と同様に6月含め次の2回の会合で0.5%の利上げを実施する必要があるとした上で、インフレ抑制に大きく傾くFRBの判断について解説した。足元の高水準のインフレで「購買力が目減りし経済の勢いが弱まる方が望ましくなく」、それは強めの引き締め策がもたらす家計や企業に対する「痛み」を上回るとした。
その「痛み」についても、「金融情勢が一段と引き締まる中、金融市場は極めて不安定な状態が続く可能性がある」こと。さら「経済成長率は数四半期にわたり予想よりも鈍化し、失業率は一時的に長期推計値を上回る可能性がある」とした。
この点で5月30日にドイツ・フランクフルトでのイベントで行った講演でウォラーFRB理事は、引き締め過程で失業率が上昇を始めても「4.25%に抑えることができれば、それは見事なパフォーマンスだと思う」と発言したことも要注目だろう。6月3日に発表された5月の米失業率は3.6%だったが、先行きの悪化を読み4.25%以下に抑えられればと言っているわけだ。こうしたFRBの方針を、果たしてどこまで市場で織り込みが進んでいるのか疑問だ。6月1日から着手したQT(量的引き締め)についてブレイナード副議長は、「バランスシートを圧縮していく過程で、2~3回分の利上げに相当する効果を生む」とも発言している。

逆風の中で高水準保つゴールド

こうした中でニューヨーク金先物価格(以下NY金)は、6月6日時点で1800ドル台半ばの水準を維持している。FRBの強硬的な引き締め策はドル高と米長期金利の上昇につながり、金市場にとっては強烈な向い風となるもの。1800ドル台半ばを維持し下げない金の意味するものは何か。
まずは足元のインフレが多少の減速はあれ、高止まりする見通しがあること。月次ベースでの上昇ピッチの減速などからピークアウトも指摘されるが、FRBが目標とする2%を平均的に超える水準への低下には、相応の時間と環境の変化が必要だろう。ウクライナ戦争は、対ロ経済制裁を通し民主主義国家と強権国家の選別と分断を進めさせ、グローバル化の終わりを印象付けることになった。中国を含め再構築が必要となったサプライチェーン問題はさらなるインフレ要因になるとみられる。国際秩序の崩壊は明らかで、再構築を巡る動きは国連の構造改革まで議論が及ぶだろう。戦争の長期化が指摘されるが、財政基盤がぜい弱なロシアサイドの不測の軍事行動を含め不透明感は強い。金融波乱につながる新たな地政学リスクの高まりも否定できない。

金上昇1stステージ 大増発「不換紙幣」からの逃避

そもそもNY金が2000ドルを越え過去最高水準を更新した背景には、20年春の新型コロナパンデミックに際して、経済のデフレ化を極端に恐れたFRBによるドル供給の空前の規模とピッチの速さがあった。不換紙幣の大増刷はバブル崩壊ごとに繰り返されてきたが、FRBのバランスシートは、短期間に2倍の規模の9兆ドルに迫り空前のものとなった。ドル価値を急激に薄める政策であり、長期の投資家ほど「価値の保蔵手段」としての基軸通貨の機能に疑いを抱くことになった。それは金市場への資金移動として現れ、20年8月の過去最高値の更新(8月7日2089.20ドル)につながった。

金上昇2ndステージ  FRBバランスシート問題

これがNY金上昇の1stステージとするならば、これから起きると見られるのは2ndステージといえるだろう。それはまさに着手された空前の緩和策の手じまい(金融正常化)の過程で生まれるFRBの信認の低下にともなった、ドル価値の低下となりそうだ。

指摘したいのは、インフレ加速を見誤り対応が後手に回り傷口を広げたこの1年余りの対応策ではない。やり過ぎた緩和策に対し、これからの行き過ぎた引き締めによるスタグフレーションやバブル崩壊を含むクラッシュレーションとも異なる。FRBのバランスシートに内在する問題の急浮上だ。

FRB歴史的な緩和策の付けが回る時間帯

現在FRB資産の約95%を債券ポートフォリオが占めており、その利回りは2%前後と見られている。一方でFRBは現在負債の約49%を占める準備預金に対し0.90%、約26%を占めるリバース・レポ(銀行以外からの預金のようなもの)には0.80%の利息を支払っている。約25%を占める流通紙幣にはもちろん利息は発生しない。ここまでのところ、FRBの資金収支はプラスとなっている。実際にこの第1四半期に米国財務省に対し322憶ドルを納付している。ところが、準備預金やリバースレポの金利は今後利上げと同じ幅だけ上がっていくことになる。利上げ前の準備預金利率は0.15%、リバースレポ金利は0.05%にすぎなかった。

インフレ抑制の超タカ派的スタンスのFRBだが、現在中立金利と見られる2.5%前後の水準まで政策金利が引き上げられると、準備預金金利は2.40%、リバースレポは2.3%へと上昇するだろう。資金収支は「逆ザヤ」が視野に入る可能性が出てくる。つまりFRB決算の赤字化リスクが浮上することになる。FRBとドルの信認は、弱さ比べの通貨村(為替市場)では保たれても、無国籍通貨「ゴールド」に対しては保てないだろう。

これがFRBがQT(資産減らし)を急ぐ一方の背景といえるが、超タカ派的な引き締め策により市場金利が上昇すると保有債券に含み損が発生することになる。FRBのデータでは、すでに3月末の時点で保有する債券ポートフォリオに3300億ドル(約42兆円)の含み損が発生していることが判明している。これもドルの信用を傷つける。超低金利下での国債とMBSの爆買い(膨大なドル散布)の付けが回る時間帯が迫っている。その表面化がNY金上昇の2ndステージ入りとなる。タイミングとしては、遅くとも11月以降年末から年明けとなりそうだ。

マーケット・ストラテジィ・インスティチュート代表取締役
金融・貴金属アナリスト亀井 幸一郎(かめい こういちろう)氏
亀井 幸一郎(かめい こういちろう)氏

1979年中央大学法学部卒業。山一證券入社
87年投資顧問会社MMIにて証券および金市場分析レポートを担当、92年国際的な金の広報調査機関ワールドゴールドカウンシル入社。企画調査部長として経済調査、金市場のマーケット分析に従事。1998年独立し分析、評論活動に入る。「史観と俯瞰」をモットーに金融市場から商品市場、国際情勢まで幅広くウオッチしている。日本経済新聞、日経ヴェリタス、日経CNBCテレビ、ラジオNIKKEI等でのコメント、市場分析のほか、時事通信社「アナリストの目」「Gold Daily Report」、日本金地金流通協会ウェブサイト、市況解説など定期寄稿中。