パウエル2期目に控える「後門の狼」と「備えの金」

パウエル2期目に控える「後門の狼」と「備えの金」

(金融・貴金属アナリスト) 亀井 幸一郎
2021年12月6日

 

レンジブレイクの上昇から反転のNY金

ニューヨーク金先物相場(以下NY金)は、再び1760~1800ドルのレンジ内の動きに入ってしまったような感じになっている。前回、ここで取り上げたように11月3日の連邦公開市場委員会(FOMC)後の記者会見にて、パウエル米連邦準備理事会(FRB)議長が、インフレ鎮静化の目途を22年4~5月あるいは7~9月期と時間軸で示し、なお「一時的」との表現を使ったことを転機にNY金は大きく上昇。その後、7連騰、105ドル高でレンジブレイクを達成し11月17日には1870ドル台まで駆け上がった。

ところが、その2日後の19日、事態は一転する。この日の講演で年明けの1月に退任予定のクラリダFRB副議長が、12月のFOMCでテーパリングのペース加速を討議することが「極めて適切となる可能性がある」と発言。「非常に力強く推移している」経済のもと、インフレには上振れリスクが存在するというのが理由だった。同じ日、ウォラーFRB理事も同様の発言をし、量的緩和策を終了した上で、予想よりも早期に利上げを実施する用意を整える必要があるとした。言うまでもなく金市場は一転売り優勢の流れに転じた。

パウエル議長のタカ派への変節

2人の発言は金曜日のことだが、翌週22日月曜日にホワイトハウスにてバイデン大統領は、来年2月に4年の任期が切れるパウエル議長の2期目再指名を発表。同時にブレイナード理事の副議長指名を発表した。席上、バイデン大統領は国内で不満が高まり支持率低下の背景のひとつになっているインフレ抑制に向けた強い意向を表明、同時に新たなFRB執行部に期待を表明した。大統領に続きスピーチに立ったパウエル議長、ブレイナード理事ともにインフレ抑制に主眼を置いた今後の意向を表明することになった。この時点でFRBのスタンスの変化を読み取ったファンドの中に、11月前半に積み立てたロング(買い建て)を見切り売りするところが増加、NY金は急落状態になったのだった。

11月第2週目にパウエル議長はホワイトハウスにて次期議長候補としてバイデン大統領と面談を済ませていた。今に思えば、11月19日のクラリダ、ウォラー発言はインフレ抑制への議長自身の重点意向を市場に告知する布石だったのだろう。もともと地区連銀総裁を中心に内部でインフレ警戒感が高まっていたが、政治サイドの意向を汲み取る形で、ある種の忖度(そんたく)を働かせたものと思われる。飄々とした物腰で独立色を保った風情で議長の任についているが、やはり政治色の強い議長ということだろう。

再びレンジ相場のNY金

11月中旬にかけていったんはレンジブレイクを達成し1870ドル台まで駆け上がったNY金だが、いわゆる“行って来い”状態に。再び1760~1800ドルのレンジに滞留し、次なる展開を探る動きに移行している。新型コロナウィルス・オミクロン株の世界的な感染拡大懸念によるリスクオフで投資家の関心を集める一方、米連邦準備制度理事会(FRB)がインフレ抑制に向け量的緩和策終了を加速させる方向に傾いたことが売り要因となり、綱引き状態にある。現状は、金市場にとって強弱逆方向のベクトルのせめぎ合いとなっている。

拮抗状態に新たな変数「オミクロン株」

「テーパリング加速そして量的緩和策終了、利上げスタンバイ」ベクトルが非常に強力で、存在感も大きい。対抗するオミクロン株感染拡大懸念、不安定化する株式市場、米政治リスク、賃金や家賃の上昇という基調的なインフレ高進、新興国中銀の継続的な買いなど逆向きベクトルを足し合わせて、なんとか拮抗しているような状況にある。とはいえ、オミクロン株ワクチンにメドがつくまでに、いかに混乱を抑えられるのか。あるいは、感染力の強さだけで、そもそもそれほど恐れるに足る相手ではないのか否か。情報待ちの時間との勝負ということになっている。

飼いならされた前門の「虎」(テーパリング着手)

サプライチェーン問題や、経済正常化過程でのモノに絞られた形の需要の急増など、足元で起きている異形のインフレ押し上げ要因は、テンポは遅いが早晩改善が見られるだろう。実際に半導体不足、部品不足による自動車生産の滞りは、峠を越えて解消に向かっている。そもそもこれらは、金融政策とは次元が異なる問題ゆえにFRBも悩ましい。慌てて利上げ体制を整えても、着手は難しいだろう。FRB自体が恐れるのは、オーバーキル。インフレ対応を押し立てることで、自らが回復の腰を折ってしまうことにある。これから始まる金融政策の巻き戻し作業の先行きを考えると、テーパリングはほんの入り口に過ぎない。問題なく移行できたのは、6月の会合で浮上させ半年かけて慎重に市場に織り込ませたことによる。2013年バーナンキショックで知られるテーパー・タントラム(テーパリング観測による市場の混乱)の学習効果というべきか。ここまでは、上々ということになる。

歴史が教える「後門の狼」の手強さ

ただし、「前門の虎」は飼いならしに成功したものの、「後門の狼」が相当に手強いことは、2014年以降の正常化過程で市場が不安定化したことで明らかだろう。利上げを重ねる中で2018年末に株式市場が不安定化し、非常に慎重なペースにもかかわらず資金回収(バランスシートの縮小)過程で、短期金融市場で資金不足が表面化し、再び実質的な量的緩和策に戻らざるを得なかった。
あらゆる分野で歴史的規模でDebt(負債)が積み重なっている状況の中で、テーパリングはまだしも利上げを急げばどうなるのか。基軸通貨たるドル金利の引き上げだけに、着手できたとしても重ねるうちに、どこかの時点で次なる金融危機の引き金となる「ラスト・ストロー」になる可能性は高いとみる。つまりFRBは急げない。

水面下のリスクと「備えの金」

つまり足元の金市場でせめぎ合う価格の押し上げ、押し下げという逆方向のベクトルだが、FRBの引き締め方向への政策転換という、わかりやすくも目立つ向い風ベクトルの反対側で、いまは目立たずとも力を持つ可能性のあるベクトルの存在を考えると、「備え」としての金の存在はポートフォリオに欠かせぬものと思う。

マーケット・ストラテジィ・インスティチュート代表取締役
金融・貴金属アナリスト亀井 幸一郎(かめい こういちろう)氏
亀井 幸一郎(かめい こういちろう)氏

1979年中央大学法学部卒業。山一證券入社
87年投資顧問会社MMIにて証券および金市場分析レポートを担当、92年国際的な金の広報調査機関ワールドゴールドカウンシル入社。企画調査部長として経済調査、金市場のマーケット分析に従事。1998年独立し分析、評論活動に入る。「史観と俯瞰」をモットーに金融市場から商品市場、国際情勢まで幅広くウオッチしている。日本経済新聞、日経ヴェリタス、日経CNBCテレビ、ラジオNIKKEI等でのコメント、市場分析のほか、時事通信社「アナリストの目」「Gold Daily Report」、日本金地金流通協会ウェブサイト、市況解説など定期寄稿中。