金市場の流れを変えたFOMCパウエル発言

金市場の流れを変えたFOMCパウエル発言

(金融・貴金属アナリスト) 亀井 幸一郎
2021年11月8日

 

NY金 2カ月ぶりの高値

10月の米雇用統計が発表された11月5日のニューヨーク金先物相場(以下、NY金)の通常取引終値(=清算値、以下、終値)は、前日比23.30ドル高の1816.80ドルとなった。米長期金利の指標となる10年債利回りの急激な低下を手掛かりにした上昇だった。9月3日以来2カ月ぶりの水準となる。この上は6月2日の1909.60ドルを高値に調整に入って以降の戻り高値となる7月29日の1835.80ドルを越えられるか否かが、テクニカル上のポイントとなりそうだ。この水準に注目している米系のトレーダーやファンドは多いと見られる。レーバーデー(労働者の日)前の9月3日(終値1833.70ドル)は、この水準を上抜けできず、その後反落となった経緯がある。今回は2度目のトライとなるが、突破が成ればモメンタム系の資金を集め値動きが大きくなる可能性がある。

明るさ示した10月米雇用統計

5日に発表された10月の米雇用統計は、非農業部門雇用者数が前月より53万1000人増加。市場予想は45万人前後となっていた。この夏の新型コロナ感染者数の急拡大が収まったことを受け、10~12月期の初めに経済活動が勢いを取り戻していることを示唆した。9月の雇用者数の増加幅も、当初発表の19万4000人から31万2000人へ上方修正された。ただし、雇用者数は2020年2月に付けたピークと比べ、なお420万人低い水準にあり、パウエル米連邦準備制度理事会(FRB)議長が「不十分」とする背景と言えるだろう。さらに、10月の失業率は4.6%と、9月の4.8%から改善したものの、職探しを諦めたり定年退職者の増加などから労働参加率が61.6%と横ばいで、新型コロナ前の63ポイント台からは大きな開きがある。

逆行する米長期金利

雇用統計の結果は、労働参加率の低迷以外、米経済の復活が続いていることを示し、強い内容といえるものだった。パウエルFRB議長が11月3日の米連邦公開市場委員会(FOMC)後の記者会見でテーパリング(量的緩和策の縮小)決定の背景として述べた「実質的な一段の進展」に一致するものでもある。内容としては、景気拡大を示すことから長期金利の上昇につながるものと言えるのだが、実際は逆に前日の1.529%から一時は1.436%と目立って金利は下げNY金の押し上げ要因となった。

利上げに慎重な主要中銀

長期金利の逆行の背景として考えられるのは、一般的にはFRBはじめ主要な中央銀行は緩和的な金融政策を当面続けるとの認識が広がったことにある。同じく3日の記者会見にてパウエル議長は「今回の会合の主眼はテーパリングで利上げではない」としたこと。同時にインフレ高進についてなお「一時的」との見解を変えず、速いペースでの利上げは必要ない公算が大きいとしたことがある。同じ日に欧州中央銀行(ECB)のラガルド総裁が来年利上げする可能性は非常に低いとの認識を示すということもあった。さらに、4日に政策決定会合を開いた英中央銀行イングランド銀行が、市場が織り込んでいた利上げを見送りサプライズとなったことも利上げに対する中央銀行の慎重姿勢を印象付けた。同行のベイリー総裁は10月に、インフレリスクの高まりには「躊躇(ちゅうちょ)なく利上げする」意向を示したことで11月の会合での利上げを織り込む動きが進んでいた。こうした流れに、米債市場では売り建ての買戻し(ショートカバー)が起き、利回りが低下したとみられる。

インフレ懸念で売られた「インフレに強い金」

金市場との関連で筆者が指摘したいのは、パウエル議長がFOMC後の記者会見での質疑応答で、「パンデミックが収まれば供給制約が和らぎ、雇用も拡大し、物価も現在の高インフレの水準から下がるだろう。それは22年4~6月か7~9月とみる」とインフレ沈静化の時間軸を示したことだ。
金はインフレに強い資産とされる。実物資産である金は通貨価値が落ちるインフレ高進時に値を上げてきた経験則に基づいた定義といえる。その金だが年始からここまで、インフレ懸念が高まると逆に売られるという流れが続いてきた。それは想定を超える持続的なインフレ高進が予見される場合に、インフレ抑制に向けFRBが取るとみられる積極的な利上げ策が、金価格の売り要因になるとの判断が市場で働いてきたことによる。インフレに強い金がインフレ懸念の高まりで売られるという、投資家には何ともわかりにくい展開が続いてきた。

流れを変えたパウエル発言

しかし11月3日のパウエル発言は、こうした動きに変化をもたらすとみられたし、すでにそれは始まっていると思われる。おそらく今後、(例えば今週発表の10月の米消費者物価指数など)インフレ高進を示すデータは、金の売り材料とはならないと思われる。というのもFRBは遅くとも22年7~9月にはインフレは落ち着くと判断し、インフレ抑制の利上げは必要ないとしたからだ。したがってインフレの高止まりや高進を示すデータにNY金は教科書的な反応(上昇)を示す機会が増えるだろう。FOMC以降のNY金の動きはそれを表している可能性がある。仮にFRBが今後、インフレに関し見立ての変更を迫られるならば、それは「インフレに強い金」の刺激材料になりそうだ。

マーケット・ストラテジィ・インスティチュート代表取締役
金融・貴金属アナリスト亀井 幸一郎(かめい こういちろう)氏
亀井 幸一郎(かめい こういちろう)氏

1979年中央大学法学部卒業。山一證券入社
87年投資顧問会社MMIにて証券および金市場分析レポートを担当、92年国際的な金の広報調査機関ワールドゴールドカウンシル入社。企画調査部長として経済調査、金市場のマーケット分析に従事。1998年独立し分析、評論活動に入る。「史観と俯瞰」をモットーに金融市場から商品市場、国際情勢まで幅広くウオッチしている。日本経済新聞、日経ヴェリタス、日経CNBCテレビ、ラジオNIKKEI等でのコメント、市場分析のほか、時事通信社「アナリストの目」「Gold Daily Report」、日本金地金流通協会ウェブサイト、市況解説など定期寄稿中。