急激に進んだNY金の調整局面

NY金

(金融・貴金属アナリスト) 亀井 幸一郎
2021年3月8日

 

2月の米雇用統計が発表された3月6日のニューヨーク金先物相場(以下、NY金)の通常取引の終値(清算値)は、1698.50ドルとなった。清算値ベースで1700ドルを割れたのは、昨年6月以来となる。

3月までに目先の高値示現を想定

Y金の相場見通しとして筆者は、1-3月期に高値を出しやすいと見ていた。その理由としては新型コロナワクチンの普及はあるものの、米労働市場のダメージが深いこと。雇用の押し上げを最優先順位に掲げたバイデン政権に対し、米連邦準備理事会(FRB)もまた雇用の改善をインフレ以上に重視するスタンスを示していることから、両者のかなり積極的な政策がNY金を押し上げるとみていた。その上での注目イベントは3月16-17日に予定されている米連邦公開市場委員会(FOMC)と、政治サイドでは、バイデン政権が早期の成立を目指していたレスキュープラン(追加救済政策)の予算規模と成立のタイミングだった。
というのも、1.9兆ドルのレスキュープランについては、年始の選挙にて上院も民主党が過半数を確保する「ブルーウェーブ」が成立したことで、実現可能性が上がったこと。それは景気刺激要因であるとともに、財政のひっ迫要因であり国債の増発の必要性から、自ずとFRBによる年限の長い国債の買取りにと政策方針を変えさせるのでは捉えていた。方向としては、実質的な中央銀行(FRB)による財政資金の供給(マネタイゼーション)を進めるもので、昨年金ETF(上場投信)だけでも、金市場にネットで479憶ドル(約5兆円)もの資金を振り向けた投資家、なかでも年金基金や(通貨価値の希薄化対応を考慮する)ヘッジファンドなどコアな投資家が材料視する流れでもあることによる。

想定を超える長期金利の上昇

しかし、現状は2月1カ月でNY金は、月間ベースで6.6%安と、2016年11月以来の大きな下げとなった。下げ要因は、想定を超えた米長期金利の上昇だ。指標になる10年債利回りは、年内に1.5%あるいは2%という見立てが当初多かったが、1月中旬以降に上昇ピッチを速め、2月下旬には1.6%にまで達することになった。バイデン政権が進めるワクチン接種の拡大が軌道に乗り始めたところで、成立見通しが高まった1.9兆ドルのレスキュープラン。特に1人当たり1400ドルの現金給付を中心とする対応策は、景気の過熱をもたらしインフレ高進につながるとの議論を米国で巻き起こしている。インフレの高進は、やはり金ETFのコアな投資家の想定する経済環境でもある。

金市場が抱えるトラウマ

ところが金市場の参加者の反応は、買い建て(ロング)の解消となった。まず直接的には米長期金利の上昇は、金利を生まない金の売り要因というもの。さらに米国と主要国との金利格差の拡大を映すドル高も金売り材料として捉えられた。とりわけ売り材料として目されているのが、FRBが想定より早く緩和策の終了に舵を切るのではというもの。FRBは足元で2023年をゼロ金利解除のメドにしているが、量的緩和策については、早ければ年内にも着手するのではとの見立てだ。いわゆる量的緩和策の段階的縮小、テーパリングに方針転換をするというもの。2013年春、時のバーナンキFRB議長時代に、テーパリング方針が示され、不意を突かれたかたちで市場が混乱に陥ることがあった。なかでも金市場は一斉に投資マネーが引き始め、NY金は年間で26%もの下げに見舞われた経緯がある。「テーパータントラム」と呼ばれる市場混乱の最たるものが金市場で起きたのだった。その時の環境変化がトラウマとして残るのが金市場といえる。

2月1カ月で約300トンの売り

月間で4年3カ月ぶりの値下がりに見舞われたNY金。2月のデータがまとまったが、金ETF全体で重量換算の残高は84.7トン減少となった。これは昨年11月の108.7トン減少に次ぐ規模のもの。金ETF登場以来では7番目の規模となる。一方、NY金先物市場でのファンドのネットの買い持ち(ロング)は、2月2日から3月2日までの1カ月間で、重量換算で(オプション取引除く)210トン減少しており、ETFと合わせて約295トンが売られたことになる。

内部要因の調整は一巡

このところの米債市場と同じで、買いの手が細っているところに、この売りの規模では、値動きは大きくなり節目の1750ドル割れから1700ドル割れに至ることになった。ETF売りの多くは、無類の強さを発揮してきた、米国株式や目先の値動きの良さから一部はビット・コインなどへの乗り換えと思われる。年始から2月末までの増減では、1月が増加となっていたことから70.9トンの減少となる。昨年増加分の887トンの8%が失われたに過ぎない。この点でNY金の下げに寄与したのは、NY金先物での手仕舞い売りということになる。つまり、目先の投資家は一斉に降りたわけだが、ドルの増発や米国の財政赤字と経常赤字の拡大、さらにこの夏以降に予想される財政を巡る米国政治のこう着という金融経済の基盤にかかわるリスクをにらんだ資金は、金市場に滞留したままといえる。想定を超えるタイミングで現れた長期金利の上昇に誘発された、いわば表層雪崩が金市場で起きたということか。早晩売り圧力は弱まるとみられNY金の調整局面の終了は近いと思われる。

マーケット・ストラテジィ・インスティチュート代表取締役
金融・貴金属アナリスト亀井 幸一郎(かめい こういちろう)氏
亀井 幸一郎(かめい こういちろう)氏

1979年中央大学法学部卒業。山一證券入社
87年投資顧問会社MMIにて証券および金市場分析レポートを担当、92年国際的な金の広報調査機関ワールドゴールドカウンシル入社。企画調査部長として経済調査、金市場のマーケット分析に従事。1998年独立し分析、評論活動に入る。「史観と俯瞰」をモットーに金融市場から商品市場、国際情勢まで幅広くウオッチしている。日本経済新聞、日経ヴェリタス、日経CNBCテレビ、ラジオNIKKEI等でのコメント、市場分析のほか、時事通信社「アナリストの目」「Gold Daily Report」、日本金地金流通協会ウェブサイト、市況解説など定期寄稿中。

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