プラチナリースレート高騰の背景

プラチナリースレート高騰の背景

(貴金属スペシャリスト) 池水 雄一
2022年6月18日

 
5月の初旬プラチナリースレートが急騰しました。リースレートとは通貨でいう「金利」のことで、貴金属では金利を「リースレート」と呼ぶのが一般的です。巷ではよく貴金属の代表であるゴールド、「金は金利を生まない」と言われますが、実はそれは間違いで貴金属も通貨と基本的には同じ仕組みのマーケットであり、つまり貸し借りが存在し、そのレートであるリースレート=金利も存在するのです。通常、ゴールドのリースレートは通貨(主にドル)の金利よりも低いことが多いので、おそらくゴールドは金利を生まないと言われてきたのでしょう。しかし、先月5月のゴールデンウイーク後、プラチナのリースレートが急騰しました。その確固たる理由はいまだはっきりとはしませんが、これまでの状況証拠からできるおそらく最もあり得る理由を考えてみたいと思います。

例として5月12日のリースレートを米ドル金利、ゴールドリースレートと比べてみるとその急騰の度合いがよくわかります。この時の米ドル金利一か月物は1%。ゴールドの一か月リースレートは0.64%です。プラチナの1カ月のリースレートなんと10.5%です。シルバーやパラジウム、そしてほかの先進国通貨も一か月の金利が10%を超えているものはありませんでした。プラチナがいかに高金利であったかがよくわかると思います。金利(リースレート)が高いということは、それだけ物が不足しているということです。10%もの金利を払わないと物が借りられない、逆に現物を持っていると一か月に10%もの金利を稼ぐことができるということになります。それほどプラチナが不足しているということになります。このため現物(スポット)の価格が先物の価格よりも高くなっています。(先物がスポットに対して「ディスカウント」であると言います。)ドル金利が1%の場合、理論的には一か月の先物価格はスポット価格よりも9%安くなっています。それは1%でドルを借り、それでスポットでプラチナを買うと同時に1か月先物を売るという行為がまさに1カ月間プラチナを借りるということだからです。そのコストの合計=リースレートは1+9=10%になるのです。なぜこんなに金利(リースレート)が急騰したのか、なぜプラチナだけなのでしょうか。

(2022年5月12日貴金属先物スワップレートとリースレート)
(出所:一般社団法人日本貴金属マーケット協会Bruce Report 12-05-2022)

さてここで注意すべき点があります。まずプラチナのリースの対象はあくまで「Loco Zurich/London」のプラチナであること。これはゴールドも同様ですが、我々が持っている現物は直接貸し出して運用することはできません。ロンドン、もしくはチューリッヒのプラチナアカウントにある(少なくとも帳簿上、これは通貨と全く同じです。)プラチナだけが貸し借りの対象になります。つまりあくまでプロの間での取引となり、個人投資家が参加できるものではありません。これはゴールドをはじめとするほかの貴金属でも同じであり、それが「金は金利を生まない」といわれる原因の一つだと言えるでしょう。今、このアカウントのプラチナの金利が急騰しているわけです。たとえば日本の現物市場に物がなくなったというわけではないのです。ここでそれではなぜLoco London/Zurichのアカウントのプラチナの金利が上がったのでしょうか。このプラチナのリースレートの急騰は、マーケットでは当然こと大きな注目点となりました。一か月の金利が10%を超えることはそうそうあることではありません。一体何があったのか、何らかの大きな理由があるはずなのですが、これだと特定できるような明らかに目立つ理由は何も見当たらなかったのです。もしこれがロシア要因であればパラジウムのリースレートの方が急騰しているはずです。しかしパラジウムのリースレートはほとんど動いていません。

(リースレートチャート:プラチナとパラジウム)
(出所:WPIC プラチナ展望2022年5月)

ここで私が注目するのは中国の動向です。中国のプラチナ輸入量は、実際の統計に出てくる需要量(宝飾品および工業用需要)をはるかに上回る量であり、統計からは抜け落ちている分があります。Metals FocusのPGM Focus 2022によるとプラチナの世界の需給は2021年は30トン、2022年は16トンの供給過多になっていますが、ほぼそれを超える量が中国によって輸入されています。これはプラチナ価格の動きをみた中国の「実需筋」の投機的なロングポジションなのでしょう。彼等はLoco Zurich/Londonのアカウントから現物を紐付けして実際に輸入しているのです。そのため現物が逼迫しリースレートが上昇したということでしょう。おそらくはプラチナが900ドル近辺、もしくは割り込んだところを積極的に買っています。ゴールドとパラジウムに対するプラチナの割安感は大きく、中国の実需家(宝飾・工業用需要を持つ企業)はその相場観に従って自分たちが必要以上のメタルを買うことがしばしばあります。おそらく現在のプラチナマーケットは彼らにとっては非常にわかりやすいものなのでしょう。900ドルで買い、1000ドルで利食い売りを出す。そのためプラチナの相場もこのレンジを抜ける動きはここしばらく抑えられているということでしょう。短期中期的にはこのレンジで中国の実需筋と同じ取引つまり900ドルを割ったら買い、1000ドルを超えたら利食いという取引戦略はありでしょう。長期的には900ドル近辺で買ってホールド。水素社会でのプラチナ需要増加に期待したいところです。

(プラチナ過去1年)
(出所:Refinitiv)

日本貴金属マーケット協会 代表理事
貴金属スペシャリスト池水 雄一(いけみず ゆういち)氏
池水 雄一(いけみず ゆういち)氏

1962年生まれ兵庫県出身。
1986年上智大学外国語学部英語学科卒業後、住友商事株式会社入社、その後1990年クレディ・スイス銀行、1992年より三井物産株式会社で貴金属チームリーダーを務める。
2006年よりスタンダードバンク東京支店副支店長、2009年に同東京支店で支店長に就任。2019年9月より日本貴金属マーケット協会(JBMA)代表理事に就任。一貫して貴金属ディーリングに従事し、世界各国のブリオン(貴金属)ディーラーで池水氏の名を知らない人はいない。