「ゴールドとインフレ、地政学リスク」

「ゴールドとインフレ、地政学リスク」

(貴金属スペシャリスト) 池水 雄一
2022年2月19日

 
2月10日に発表された米国の1月の消費者物価指数(CPI)は年率で7.5%という1982年以来40年ぶりのインフレ率となりました。これを受けて米10年国債の利回りは2%を超えて上昇、この長期金利の急騰に、一瞬売られたゴールドもすぐに上昇。最終的に2/11の週末は1860ドルとほぼ3カ月ぶりのレベルで一週間が終わりました。現在のゴールドのマーケットの二大要因はこの「インフレ」と「ロシア・ウクライナ情勢という地政学リスク」です。

今回はこの二つを見ていこうと思います。

「インフレの状況」

現在の40年ぶりと言えるインフレ率になるきっかけが始まったのはやはりパンデミックが大きな要因になっています。2020年、世界で急速に広がり始めたコロナウイルスは世界を大きく揺るがしました。感染拡大による都市のロックダウンが社会のあらゆる機構を麻痺させ、経済活動は失速、消費者の需要も大きく減退、CPIは2020年の1月の2.3%から5月には0.1%まで下落しました。しかしその後のロックダウンの解除、そして世界各国の金融緩和と財政出動による積極的な経済支援により、経済は急速に立ち上がり、逆にロックダウンによる生産障害、世界的なロジスティックス(流通)のボトルネック化により、経済再生による需要の急増に供給が追い付かず、CPIは上昇をはじめ2020年5月の0.1%から2022年1月は7.5%まで到達しました。FRBはこれをパンデミックによる流通障害のためのtransitory(一時的)な状態だと言い続け、インフレの進行よりも雇用の回復に重点を置き、その対策をしてこなかったことで、インフレは進行を続けました。その判断を誤りと認めたのが2021年12月のFOMCでした。この時にはCPIはすでに7%に達し、明らかにFRBはインフレに対して「後手」に回っています。前回CPIが7%を超えていた1982年のFF rate(短期金利)は13%以上のレベルでした。同じインフレレベルであるのに、現在のFF rateは0.25%、ほぼゼロと言ってよいでしょう。

(CPI、Gold とFederal Fund rates、 過去40年の動き)(CPI、Gold とFederal Fund rates、 過去40年の動き)(出所:Refinitiv)

明らかに現在の金利は低すぎます。FRBがインフレは一時的と放置していた結果がこれです。このFRBの政策ミスに対して、マーケットではインフレヘッジそして政策ミスに対するヘッジとしてゴールドが買われているのです。FRBは雇用に最大の重きを置き、インフレを一時のものとしてほぼ無視してきましたが、ことここに及んでようやくインフレの長期化を認め、今後金利上げに動こうとしています。現在マーケットでは3月0.5%の利上げがほぼ織り込まれていますが、もちろんそんなものでは、現在のインフレに対して大きな効き目があるとは思えません。それは完全に遅きに失していることは火を見るより明らかです。しかし逆にここからあまりに急速に金利上げを行えば、せっかく好調であった経済に冷や水を浴びせることになり、不況に突入する可能性が高くなります。インフレと経済成長の狭間でFRBは非常に難しいかじ取りをせまられることになります。インフレリスク、そしてFRBの政策ミスリスクの両方に対するヘッジとしてゴールドへの資金流入は続いていくのでしょう。

「地政学リスク」

2021年3月からウクライナとの国境にてロシア軍が演習を続けることで、ロシアーウクライナ間の緊張は高まっていき、2022年2月には米国をはじめとする各国がウクライナからの自国民の出国勧告するまで緊張は高まっています。この状況に世界の株は下落し、ゴールドには安全資産への逃避資金が集まりました。16日にはロシアの侵攻が始まるとのうわさが流れ、ゴールドは一時1880ドルまで上昇、しかし、その前15日にはロシア軍の一部撤収のニュースでゴールドは1880ドルから1850ドルまで下落、ウクライナ情勢の緊迫化度合いにより買われて、そして緊張が少し緩むと売られるという動きになっています。まだまだ先行きに予断はできませんが、こういった地政学リスクによる安全資産としてのゴールドの買いは、このリスクが解決したときにはそれによる上昇分は売り戻されると考えた方がいいでしょう。今回のウクライナ危機も同様です。ただ今回はインフレと同時に起こった地政学リスクということで、ゴールドには二重のサポートが入っており、もし世界が満足のいく形でウクライナ危機が平和裏に解決したとしても、基本的なゴールドの上昇は変わらないと考えます。

(ゴールドと米長期金利の動き)(ゴールドと米長期金利の動き)(出所:Refinitiv)

日本貴金属マーケット協会 代表理事
貴金属スペシャリスト池水 雄一(いけみず ゆういち)氏
池水 雄一(いけみず ゆういち)氏

1962年生まれ兵庫県出身。
1986年上智大学外国語学部英語学科卒業後、住友商事株式会社入社、その後1990年クレディ・スイス銀行、1992年より三井物産株式会社で貴金属チームリーダーを務める。
2006年よりスタンダードバンク東京支店副支店長、2009年に同東京支店で支店長に就任。2019年9月より日本貴金属マーケット協会(JBMA)代表理事に就任。一貫して貴金属ディーリングに従事し、世界各国のブリオン(貴金属)ディーラーで池水氏の名を知らない人はいない。