ゴールドとビットコイン

ゴールドとビットコイン

(貴金属スペシャリスト) 池水 雄一
2021年4月7日

 
昨年の10 月あたりから、機関投資家やファミリーオフィス(特定の資産家一族の資産管理を担う運用会社)が暗号資産への資金配分を急速に進めています。JP Morgan のレポートによると、機関投資家のビットコインへの投資はまだ始まったばかりですが、彼らの計算によるとファミリーオフィスの資産の0.18%がビットコインに投資されており、3.3%を占めるゴールドとはまだその差が大きいのですが、暗号資産がより「メインストリーム」になってくると、その投資は本来ゴールドが担ってきた「フィアット・カレンシー」、つまり法定通貨に対しての「安全資産」の役割を、ビットコインが奪って行くのではないかという恐れがあります。そしてここまでの両資産の値動きを見ていると、実際にそれが起こっているのかもしれないと思えるような、そんな動きになっています。

ビットコインとゴールドを2021 年に入ってからの出来高でくらべてみると、ビットコインの年初から3 月15 日までの一日の平均出来高は702 億ドル。(Finbold 社調べ)それに対してゴールドの一日当たりの平均出来高(WGC 調べ、Loco London、取引所取引、そしてゴールドETF の総計)は1790 億ドルであり、ビットコインの出来高はゴールドのそれの39%あります。しかし、ビットコインの総資産額は約1 兆ドルとゴールドの11 兆ドルの9.46%に過ぎません。それがゴールドの取引高のほぼ40%もの取引高を記録しているということは、つまり、投資家はゴールドよりもビットコインの方をより「投機的に」つまり頻繁に取引をしているということになります。

この大きな取引高こそが、現在、安全資産としてのゴールドにとっての脅威となっているのです。ビットコインは3 月15 日に6 万1500 ドルという高値をつけました。この背景にあったのは、最初に触れたようにこれまで暗号資産には参入していなかった機関投資家やファミリーオフィスの参入、それをリードしたのがテスラ、ペイパル、マスターカードと言った有名企業のビットコインへの投資です。金融機関も、Morgan Stanley はその顧客セールスに彼らの富裕層顧客(最低でも200 万ドル以上)へ暗号資産ETF を推奨することを許可し、フィデリティはビットコインETF を組成することをSEC に申請してその許可を待っているところです。The Grayscale Bitcoin Trust (上場されているビットコイン投資信託)は昨年10 月から20 億ドルもの資金流入がありました。(逆にGold ETF からは70億ドルもの資金流出となっています。)そしてゴールドマンサックスは最近のレポートで彼らの顧客の40%が、ビットコインに投資していると発表しています。また世界最大級のヘッジファンドマネジャーであるレイ・ダリオ、スタン・ドラッケンミラー、ポール・チューダー・ジョーンズなど錚々たる顔ぶれがみんなビットコインのポジションを持っていると明らかにしています。ビットコインの、特に昨年10 月くらいから急激な上昇の裏にはこれら、大手投資家の動きがあるのです。

ビットコインもゴールドもインフレヘッジ資産としての役割が期待されていますが、上記のような機関投資家たちの参入が始まったことにより、ここ1 年の値動きはビットコインがゴールドを遙かに越えています。ビットコイン・ゴールド比価(1 ビットコインを買うのに何オンスのゴールドが必要か、つまりビットコインの価格をゴールドの価格で割ったもの)は、2020 年年初の4.7 から現在はほぼ34 まで7 倍以上の上昇。このままビットコインはゴールドの役割を奪っていくのでしょうか。

【ビットコインとゴールドの動きと比価】【ビットコインとゴールドの動きと比価】(出所:Refinitiv)

ビットコインもゴールドも「フィアット・カレンシー」つまり法定通貨とは違って、発行者によってその流通量が劇的に増えることによって価値が薄まったり、低下したりするということはありません。フィアットカレンシーの代表であるドルの価値は過去50 年で85%も下落したという計算もあります。(1971 年の1 ドルで買えたものが2021 年では6.49 ドル払わないと買えない。つまり毎年平均で1.38%のインフレ率であった。)現在はビットコインの騰勢がゴールドを圧倒していますが、安全資産としての本当の価値がどうなるのかはまだまだその答えが出るまでは時間がかかりそうです。

ビットコインはその歴史が始まってまだせいぜい4-5 年です。ゴールドはそれに対して人類の歴史とほぼ等しい5000 年もの付き合いがあります。実際に物理的な現物があり、それを保有保管することが、ゴールドの価値の源泉にあります。ビットコインには当然現物というものは存在せずそれがあるのはデジタル空間ということになります。はたしてこのデジタル空間の永続性というものが、過去5000 年の歴史に匹敵するようなものなのかどうか。ゴールドとビットコイン、どちらも言葉的にはマイニングという方法を通して生産されます。ゴールドは鉱山から。ビットコインはコンピュータから。そしておもしろい比較として、その生産コストを比べてみるとゴールドは1 オンスの生産コストは現在の世界平均973 ドル、それに対して1 ビットコインのマイニングコストは4161 ドルとされています。(Newsweek より)もちろん、ビットコインには輸送や保管のコストはほぼかからない変わりにゴールドはマイニングのあとにこれらのロジスティックスのコストがかかります。ビットコインは、小さな国一国に匹敵するような電力120 テラワット(一時間当たり)を消費しており、それが直接環境破壊につながっているという問題点があり、またインドがビットコインの取引を禁止したように、世界の政府の今後の対応がどのようなものになるのか、というリスクもあります。(この意味ではフィデリティのビットコインETF の申請に対してSEC がどのような反応を示すのか興味深いところです。

ゴールドが過去5000 年間担ってきた「富の保存と継承」の役割はそのユニークな永続性という化学的特質がある限り廃れることはないでしょう。問題はやはり「暗号資産」がどこまで「安全資産」として受け入れられていくのか、にかかっていると思います。そしてそれがはっきりと判断されるまでの重要な要素は「時間」でしょう。ゴールドは5000 年の蓄積があります。「暗号資産」はまだ始まったばかりなのです。

日本貴金属マーケット協会 代表理事
貴金属スペシャリスト池水 雄一(いけみず ゆういち)氏
池水 雄一(いけみず ゆういち)氏

1962年生まれ兵庫県出身。
1986年上智大学外国語学部英語学科卒業後、住友商事株式会社入社、その後1990年クレディ・スイス銀行、1992年より三井物産株式会社で貴金属チームリーダーを務める。
2006年よりスタンダードバンク東京支店副支店長、2009年に同東京支店で支店長に就任。2019年9月より日本貴金属マーケット協会(JBMA)代表理事に就任。一貫して貴金属ディーリングに従事し、世界各国のブリオン(貴金属)ディーラーで池水氏の名を知らない人はいない。